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Wednesday, August 07, 2013

鉦(かね)

【8月7日特記】 お通夜に行ってきた。お坊さんがお経を読んでいた(当たり前かw)

今回お坊さんはひとりで、お経を読み、木魚を叩き、鉦を鳴らした。その鉦の響きが良いのである。チーーーンと鳴って、うゎ~んうゎ~んうゎ~んとうねるのである。

響きそのものの美しさもある。が、それを構成する物理的、数学的な法則性の美しさもあるように思う。

ところが途中で何度か、お坊さんは、まだ振動の止まっていない鉦を唐突に台の上に載せて響きを止めてしまうのである。

こんなことって今まであっただろうか? 普通にあることなのだけれど僕が気づかなかっただけかもしれない。いや、でも割合よく聴いているほうなんだけどなあ、と思う。

あるいは、途中で残響が遮られるのを何度か聴いた経験があるのに、それを憶えていないだけかもしれない。何でも忘れてしまう僕のことだから、それならあり得る。

しかし、ならば毎回残念に思っているはずで、その積み重なった記憶がないということは、やっぱりこんな風に、まだ大きくうねっているうちにピシャリと止めてしまうことはそんなにあることではないのではないか、と思う。

お坊さんが2人以上いる場合は、お経も鉦も太鼓もひとりでということがないので、もう少し残響に神経を注いでいられるのかもしれない。

いずれにしても、まだあんなに大きく響いてうねっているときに突然止めないでもらいたいのである。せめて小節の切れ目まで引っ張って、そこで休符にしてほしいと思うのである。

僕はお経というのは音楽の一種だと思ってきたのだが、今回のお坊さんの動きを見ていると、やっぱりお経は音楽ではないのかな、と思ってしまった。

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