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Saturday, July 27, 2013

映画『シャニダールの花』

【7月27日特記】 映画『シャニダールの花』を観てきた。石井聰互が石井岳龍になってから2作目の映画(前作も観た)。

予告編を観た感じとしては少しチャチな映画に思えたので、観ないでおこうかとも思ったのだが結局観た。

チャチと言うのは、例えば特殊メイクや衣装にお金がかかっていないというような意味ではない。仕掛けと言うか、話の作りと言うかが単純すぎて、とても安っぽい寓話になっているのではないかと少し心配したのだが、さすがにそんなことはなかった。

若い女性の胸(と言ってもおっぱいではない。もっと上の、肩に近いほう)に寄生して咲く謎の花シャニダールを巡る話である。

その花は医薬品の開発に大きく役立つとのことで、その花を自分の胸元で育て、満開に咲くとそれを提供する女性は、製薬会社から1億円という高額の報酬を得ることになる。

そういう女性たちを一同に集めて暮らさせている製薬会社の研究所に勤務するのが植物学者の大瀧(綾野剛)で、そこに女性たちの“ケアーズ”の一員として新しくやってきたのがカウンセラーの美月響子(黒木華)である。

しかし、この花には分かっていないことが多すぎる。唯一全てを知っているのではないかと思われるのが所長の吉崎(古舘寛治)なのだが、「研究にリスクはつきものだ」などと嘯いて、決して深くは語らない。

花を育てながら暮らしている女性たち(刈谷友衣子、山下リオ、伊藤歩)にもそれぞれ悩みがあり、その悩みや精神状態がそのまま花の生育に影響を及ぼす。

花をめぐるミステリーと大瀧と響子の恋愛を軸に物語は展開するのだが、中盤で実は響子の胸にもシャニダールのつぼみが…、とまあ、そんな話である。

脚本家のじんのひろあきが何年も前に書いた脚本が基になっているとのこと(脚本家としてはじんのと石井と田中智章の名前になっている)。よく考えた設定である。しかし、話の閉じ方が難しい。

心配したような安物の寓話にはなっていなかったが、石井監督の前作『生きてるものはいないのか』ほど破格でもなく、石井作品としてはややおとなしい感じで終わったのは確かである。

ただ、解釈の余地をたっぷり残して、余韻の深い話にはなっている。この作品の好き嫌いは分かれるだろうなという気がする。

今や「今をときめく」という感じになっている綾野剛が、綾野剛らしい好演である。一方、黒木華という役者については、他の映画でも見ているのだが、どうも僕には今イチ魅力が解らない。

監督は「すっぴんの魅力」と言っていて、あ、確かにそういう方向性の人だとは思うのだが、主演女優としてはどうなのかなという気もしないではない。

古舘寛治は監督が『マイ・バック・ページ』を観て、あまりの巧さに驚いて起用したと言う。ああ、僕もあの映画の彼には驚いたなあと懐かしく思い出した。

カメラは奥行きを生かした綺麗な画を撮っている。

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