映画『リアル ~完全なる首長竜の日~』
【6月1日特記】 映画『リアル ~完全なる首長竜の日~』を観てきた。出だしから、いやいや本当に怖い。決してホラー映画ではないのに怖い。
このフィルムの色調、ゆっくりゆっくり動くカメラ、ドアや鏡が映った時の緊張感──どれをとってもものすごく黒沢清監督らしい、まさに黒沢清の映像美である。
わざとちゃちっぽく見せる風景。霧や影、鏡の使い方の巧さ。唐突な記号的表現。トーンを抑え目に語られる台詞。そして、音楽。始まってすぐに僕らは黒沢ワールドに引き込まれてしまう。
原作は「このミス」大賞を受賞した同名の小説。僕は読んでいない。読んでいないくて良かった。
この先ネタバレは書かないつもりだが、この映画をこれからご覧になる方は、何かがヒントになってもいけないので、ここから先は読まないほうが良いと思う。
パンフレットもご丁寧にネタバレの部分はシールで閉じてあるくらいだ。この仕掛けは全く知らずに見るのが良いだろう。
主人公の浩市(佐藤健)はセンシングという先端医療技術を使って、もう一年間も意識不明の状態にある恋人の淳美(綾瀬はるか)の意識の中に入り込む。人気漫画家だった淳美は仕事の行き詰まりから自殺未遂を図ったのだ。
このセンシングという設定が相当に面白い。そこには様々な機械が据え付けられた寝台が2つあり、浩市と昏睡状態の淳美が横たわり、精神科医の相原(中谷美紀)や脳神経外科医の米村(堀部圭亮)をはじめとする数多くの医療スタッフが詰めている。
その技術を使って、浩市は現実世界と淳美の意識世界を何度も行ったり来たりする。その場面転換が、いろいろな効果を使って極めて手際よく表現されている。
そして、この物語は中盤にものすごく大きなどんでん返しがある。どんでん返しというものは通常は終盤にあるものだが、このどんでん返しは中盤である。そこから暫く話を続けないと終われないようなどんでん返しだからである。
僕らはその瞬間まで、作家の手によって見事に騙されたまま読み進んでしまう。一種の叙述トリックなので、これはまず見破れない。
しかし、この映画はそういう面白さに終始するものではない。深く描かれた人間の意識の面白さである。そして、原作では姉と弟であったものを恋人同士にしたこともあって、強いメッセージのあるラブ・ストーリーにもなっている。
解決したようでありながら、なんだか分からないところが幾つか残るのもいつもの黒沢清で、それが逆に、人間の脳内にいっぱい残ったままになっている未解決を表しているようにさえ思える。
そして、原作では実体としては登場しないらしいのだが、タイトルにある首長竜が現れてからが、一気にホラー色が横溢して、めちゃくちゃに怖い。噛みつくのではなく引きずり回すのである。
そう、まさに黒沢清は terror ではなく horror の作家なのである。
最後のほうで筋運びに少し甘いところがある(それが原作によるのか脚色によるのかは知らないのだが)ので、それが気になる人もあるだろうが、映像表現としてはものすごく完成度が高い作品だと思う。
かつて黒沢映画に主演した経験を持つオダギリジョーや小泉今日子、そして染谷将太や松重豊など、良い役者たちが脇を固めている。
脚本は黒沢清と田中幸子、撮影は芦澤明子である。
ああ、変な表現だが、この作品は決して他人にお勧めしたくない。自分一人でこの見事な映像芸術の余韻を噛みしめたいような、そこまでの気分にさせてくれる映画だった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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