『ことり』小川洋子(書評)
【4月3日特記】 意外におとなしい小説である。いや、設定自体はいつもの小川洋子らしい、ちょっと日常性を外れたところにある。
鳥の言葉(正確には「ポーポー語」)を話し、人間の言葉を少しも話さなくなった兄と、兄の言葉を唯一理解できる弟がいる。その兄が死んでから、鳥を愛するようになり、図書館で鳥の本を借り、幼稚園の鳥小屋の世話をして、みんなから「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになった弟が主人公である。
しかし、そこから先はそれほど奇想天外な展開はなく、極めて静かに話は進んで行く。どんでん返しも、圧倒的な感動のラストもない。
と言うものの、まあ、考えてみれば、小川洋子は終盤にそれほど大きな仕掛けを用意して読者を驚かせるような作家ではない。どちらかと言えば、設定の突飛さに比べて進行は極めて地道な作家である。その地道なところを巧さで綺麗に転がして行く作家なのである。
ただ、それにしても、この作品は地道であり、地味である。あたかもそれが主人公の小鳥の小父さんの生き方そのものであるかのように。
だから、小川洋子ファンからしてみれば、この小説は少し物足りないところがあるかもしれない。しかし、静かにおとなしく進んで、少し飽きてきたところでまた小さくずらして物語を紡ぎ出す手法はいつもの小川洋子であり、この終わり方もまたいつもの小川洋子のトーンなのである。
今回はひときわおとなしい。でも、読み終わって時間を置くとともに、少しずつ染みてくる感じはやはり小川洋子なのである。
できれば初めて小川洋子を読む人ではなく、何冊も彼女の小説を読んだ人に読んでもらいたいような作品である。
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