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Sunday, April 28, 2013

映画『モンスター』

【4月28日特記】 映画『モンスター』を観てきた。大九明子監督。

2007年公開の映画で、新垣結衣主演の『恋するマドリ』という作品があった。この映画はほとんど注目されることも評価されることもなかったのだが、でも、僕はとてもよく撮れた作品だと感心した。

その映画を監督したのが大九明子だった。それで彼女の次作を観ようとずっとマークしていたのにもかかわらず、漸く昨年完成した『東京無印女子物語』は公開期間が短く、館数も少なくて見逃してしまった。

その後、この『モンスター』までの間に、彼女は映画を1本、テレビドラマを1本、DVDを1本撮っているらしいが、その辺りについては撮っていることも公開されていることも全く知らなかった。

でも、こうやってちょこちょこ作らせてもらっているということは、この世界に彼女の仕事を評価している人がいるということだ。僕としてはそれをとても喜ばしいことだと思う。

今回は言ってみれば“キワモノ”映画であったがために、何かと話題(例えばブスの特殊メイク、高岡早紀の久々の映画出演と40歳のフル・ヌードなど)が多く、それで評判になって観客も多かったのは彼女にとっても喜ばしいことだと思う。

ただ、逆に、これで彼女がキワモノ映画の監督だと思われると可哀想だとも思って少し心配したのも事実である。しかし、作品の出来を見るとその心配は無用のようだ。

映画は主人公・鈴原未帆(高岡早紀)が故郷の駅に降り立つところから始まる。高いヒールのクロース・アップからパンナップである。この辺りが、女性の監督、女性の脚本家、女性のカメラマンによる画作りだなあと感心する。

ブルドッグだのモンスターだのと嗤われ、疎まれ、やがてこの地に住むことさえできなくなって逃げ出した田淵和子が、度重なる手術を経て、整形美人に生まれ変わり、名前も変えて、復讐のためなのか、果たせなかった夢を追ってなのかは分からないが、再び生まれ育ったところに意気揚々と戻ってきたのである。

そして未帆の昔を知らない男たちが、次々と寄ってくる。そして、その中には高校時代の未帆(和子)にこっぴどい仕打ちをした男もいれば、和子が淡い恋心を抱いていた、いや、今でもずっと抱いている男もいる。

──というような話なのだが、残念ながら高岡早紀は絶世の美女というタイプではないので、少し説得力に欠ける部分がないでもないのは事実である。

例えばこういう役は去年『ヘルタースケルター』に出た沢尻エリカのような、顔の造形に少し人工的なイメージのある美人が最適だと思う。できれば15年後に沢尻主演のリメイクを見てみたいような気もする。

しかし、これまた女性が担当している特殊メイクが強烈によくできていて、ブス時代の顔はどこから見ても高岡早紀に見えないのだが、美人になった後の高岡早紀の表情の中に、どうかするとふと、あのブスの表情が透けて見えるところが怖い。そして、父親役が森下能幸であるところも、似すぎていて恐ろしい。

基本的に痛い話である。痛々しい話である。いたたまれない話である。観ている男性からすると、これは『ヘルタースケルター』ほど女性のあさましさを描いた感はなく、むしろ男のさもしさを咎められているような気になってくる。

「みんな綺麗な女とヤりたいだけじゃない!」と主人公は2度叫ぶ──それは明らかに言い過ぎではあるが、決して的外れではない。僕らは少し後ろめたい気分になる。

男がいつなんどきでも綺麗なほうの女性を選ぶかと言えば、必ずしもそうではないが、でも例えば未帆と和子のような両極端の2人を並べたら、男は100人中100人が未帆を選ぶはずだ。

それは仕方がないだろう。だって、女だってカッコイイ男を選ぶじゃないか。自分でも男に選ばれようとして少しでも綺麗になろうとあがいたりするじゃないか。

──などと、ついつい心の中で自己正当化をし始めてしまうのだが、いや、この映画の狙いはそういうところにはないのであると途中で気づいた。これは、人は何によって生きるか、何によって生きることができるかを描いた映画である。

和子は東京に出てから、たった84000円で目を二重まぶたにできることを知ってから、生きる希望を取り戻す。そして、整形手術の資金を稼ぐために風俗店に務める。

さすがにその顔では客はつかないとどこの風俗店でも追い返される。しかし、そこは蛇の道は蛇、そんな顔でも稼ぐ手立てはある。そして稼いだ金で少しずつ綺麗になる。綺麗になると客もつく。また稼いだ金で綺麗になる。

そうやって完成した美人の姿で未帆は故郷に戻る。復讐をする。憧れていた男を誘惑する。そして、後半はその憧れていた男との逢瀬を、あまりカットを割らずに長い芝居をしっかり見せてくれる。随所に出てくる鏡の使い方が面白い。

脚本を手がけたのは高橋美幸。僕が観た映画としては『プライド』『ばかもの』という2本の金子修介監督作品の脚本を担当している。なるほど、と思った。

ラストに至るまで、あまりひねりもなければ最後のどんでん返しもない。ハリウッド流の起承転結に慣れている観客からすれば「何、それ?」なのかもしれないが、僕はとても良い脚本だと思った。

エピローグ的な最後のシーンがものすごく良い。これは百田尚樹の原作にはなかったシーンで、最初監督はこの脚本に抵抗したらしい。だが、採用して正解である。

この、ある意味陰惨な映画の中で、風俗店店長・崎村(村上淳)のこのシーンに繋がるまでの一切の行動が、仄かな仄かな希望になっている。

こういうネタなので、大九明子としてはあまり自分の能力や個性をアピールする場はなかったように見える。しかし、よくよく考えてみると、彼女以外の監督が撮ったら、決してこういう感じの映画にはならなかったろうなとはっきり思う。

見終わった後いろいろと考えさせる映画は紛れもなく良い映画であると思う。彼女の次回作にまた期待したい。

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