NHKよる★ドラ『書店員ミチルの身の上話』
【4月7日特記】 随分長い時間がかかってしまったが、NHK から録画しておいた『書店員ミチルの身の上話』(全10話)を見終わった。
佐藤正午の原作を、テレビマンユニオンの合津直枝が自分で脚本を書いて演出した連続ドラマである。
佐藤正午という作家は、それほどたくさん読んではいないのだが、好きな作家である。人生の数奇さみたいなものを書くのが巧い人で、恐らく他の作家が書いたら非現実的に思われるものも、彼が書くと「人間の運命って不思議だねえ」という風に読めてしまう。
一方、合津直枝という人はテレビマンユニオンの中でもたくさんの際立った仕事をしている、言わば名人級の人だが、僕は今まであまりちゃんと観たことがなかった。
で、佐藤の原作に合津がどこまで手を入れたのかは知らないのだが、如何にも佐藤正午らしい不思議な話なのである。
ミステリには倒叙法という手法がある。最初に殺人のシーンから描いて、犯人が誰なのかを読者や視聴者に知らしめた上で謎を解いて行く手法である。
このドラマはそれとは違うのだが、しかし、描き方の手順として、少しそれに似たような尋常でないところがある。
それは、ナレーションである。ナレーションを担当しているのは大森南朋である。彼は毎回ドラマの冒頭でこう語る。「私の妻ミチルは…」。そう、主人公の現在の夫が、自分が知り合う前の妻を語っているのである。
この珍しい設定がこのドラマの先行きを読みにくいものにしている。
そして、ミチルを演じているのは戸田恵梨香である。
1回めの冒頭のナレーションから、ミチルが2億円の宝くじ一等に当選するということは明らかにされる。そして、彼女は生まれ育った長崎から東京に逃避する。いや、厳密に言うと、東京に逃げ着いてから宝くじに当たったことを知る。
そして、いろいろな事件が起こる。と言っても、彼女の2億円を巡って起こるのではない。彼女は宝くじにあたったことをほとんど誰にも明かしていない。
しかし、誰も彼女の金を目当てにしているわけでなくても、いろんな人がミチルを追ってきて、そして事件が起こってしまうのである。そう、途中まではそんなことが起こりそうな雰囲気は全くなかったのに、殺人まで。
で、それを語っているのがミチルの夫である。ところが、この夫がいつまで経っても出てこないのである。このドラマは一体どうやって終わるのだろう、と頭の中に疑問符がいっぱいになる。
これが中立的な第三者のナレーターであったなら、どこででも終われるのである。ある日突然ミチルは事故で死にました、でも構わない。しかし、語っているのが夫となると、まずどこかで2人は知り合わなければならない。そして今は、振り返って語れるぐらいの状況に落ち着いているはずである。
ところがミチルはいつまでもいろんな人から追いまくられているし、殺人事件にも巻き込まれているし、要するにいつも切羽詰まっているのである。
そして、未来の夫は一向に現れない。現れない夫は毎回毎回、妻の昔の男たちについて淡々と語り続ける。
結局大森南朋が初めて顔を出すのは最終回直前の第9話である。
あと1回でどうやってこの話をまとめ切って終わるのかと思ったら、これがまた何ともいえない終わり方をする。終盤の展開に少し無理があるのだけれど、それを自然に受け入れてしまう自分がいる。どう言うんだろ? やっぱり数奇な運命?
メインのストーリーから少し外れたところにしっかりとリアリティを感じさせる小技が効いていて、よく練られた脚本である。全体の画の色調も、バックで流れる音楽も、ものすごく趣が深い。しかも、良い役者を揃えている。
ミチルにつきまとう幼馴染の青年の高良健吾のどこか異常っぽい怖さ。
行きずりの恋からミチルが東京に付いて行ってしまった出版社社員の新井浩文のだらしなさ。
その新井とできている同じ書店の同僚の濱田マリの、半ば人生を諦め、半ば焦ってる感じ。
ミチルに未練たっぷりで、なかなか棄てられたと気づかず、気づいたら死に物狂いで追っかけてくる婚約者・柄本佑の凡庸さ。
ミチルの父親・平田満の馬鹿が付くほどの不器用さ。
そして、ミチルを支える親友の安藤サクラと、姉をずっと観てきた妹の波瑠に、それぞれ形の違う優しさと共感があり、これまた何とも言えないリアリティがある。
決して後口の良いドラマではないが、見事な脚本と演出で堪能した。このドラマはNHKオンデマンドでも見られるようだ。
Comments