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Saturday, February 09, 2013

映画『さよならドビュッシー』

【2月9日特記】 映画『さよならドビュッシー』を観てきた。利重剛(りじゅう・ごう)監督。

利重剛は昔から好きな役者である。最初に見たのはTBSの金曜ドラマ『父母の誤算』(1981年)。母親である小山内美江子が脚本を手がけた作品に無表情・無感動の高校生役で出て鮮烈な印象を残した。これが役者デビューである。

同じ頃大学で自主映画を撮り始めており、黒沢清、万田邦敏、今関あきよし等よりは少し下、犬童一心、手塚眞の世代に当たる。同じ1981年に『近頃なぜかチャールストン』を岡本喜八に持ち込んで共同脚本を務め、周囲を驚かせた。

そして、1996年の『BeRLiN』辺りから監督として名前も売れ始めた。残念ながら僕が観た監督作品はこれだけである。確か何か賞も獲ったと思うのだが、僕はあまりピンと来なかった。荻生田宏治監督と共同で脚本を書いた『帰郷』はとても良かったけれど。

やっぱり彼は役者の人ではないかなと思うのである。彼が出演した映画はこれまで映画館で12本見ているが、気の弱い好青年から暴力的な変質者まで、どんな役をやらせても本当に巧いと思う。ちなみに、夫人は元プリンセス・プリンセスの今野登茂子である(この映画にも音楽担当で参加している)。

さて、利重剛の人となりはこの辺にして本題に入る。この『さよならドビュッシー』は利重剛が『クロエ』以来10年ぶりにメガホンを取った作品である。ただ、僕が好きなのはあくまで俳優・利重剛であって、監督・利重剛ではないので、実のところそんなに期待しないで観に行ったのである。

しかし、観に行って良かった。もう、めっちゃくちゃに面白かった!

見始めてすぐに良い脚本だなと思った。牧野圭祐と利重剛の共同脚本なのだが、非常に手際が良い。短いシーンを切り替え切り替え重ねて行って、どんどん時を進めて行く。

そして、観客に状況を説明するような台詞が全くない。全てが会話の流れの中に自然に出てくる台詞である。それでいて、観客に伝えるべき状況はきっちり伝えている。編集も巧いなあと思った。

金満家に生まれた香月遥(橋本愛)は、優しい祖父(ミッキー・カーチス)や両親(柳憂怜、相築あきこ)、プー太郎の兄(山本剛史)、祖父に気に入られているお手伝い(熊谷真実)、そして事情があって預っている同い年の従姉妹・片桐ルシア(相楽樹)と暮らしている。

遥と香月は同じ音楽高校に通っているが、一途にピアニストを目指している遥に対して、才能の限界を感じたルシアは別の道を進もうとしている。

そんなある日、祖父と遥、ルシアが寝ていた離れが家事で全焼し、祖父とルシアは死亡、遥も全身に大火傷を負う。

有能な整形外科医・新条(吉沢悠)の手で何度か皮膚の移植手術をして、顔だけは元に戻るが、体の皮膚はツギハギだらけで、しかも手も足も、顔の筋肉も最初はほとんど動かず、厳しいリハビリに臨むことになる。

しかし、それでも遥はピアニストの夢を捨てなかった。死んだルシアにドビュッシーの『月の光』を弾くと約束したからだった。そして、誰もが匙を投げる中、彼女に手を差し伸べたのがピアニストの岬洋介(清塚信也)だった。岬の、まるで魔法のような指導で、遥は急速の進歩を遂げる。

しかし、遥の指は限られた時間演奏すると動かなくなる。──この辺の設定が、まるで3分経ったら戦えなくなるウルトラマンみたいで、茶番と言うか、あまりにマンガ的なのであるが、しかし、それを覆う面白さがある。

まず岬の指導である。椅子を低くするとか、リハビリのために速いパッセージの『熊蜂の飛行』を練習させるとか、「ピアニストは手首で呼吸する」とか、練習している遥に話しかけておきながら手を止めないで弾けと言うとか。そういう指導を受けて遥が如実に腕を上げてくる──この辺りがたまらなく面白い。

「手首で呼吸する」という台詞を聞かせておいて、後に手首のアップではないが、まさに呼吸するような動きの手首を画面の真ん真ん中に据えたりする。見事な効果である。

それから、鏡がよく出てくる。鏡を使った面白い画。インサートも含めてカメラはなかなか素晴らしいなあと思った。

で、この原作はなんと「このミステリーがすごい!」大賞受賞作なのである。しかも、ピアニスト名探偵・岬洋介のシリーズ物なのである。

それを知って、原作は読んでいないが、この脚本はかなりのものだと改めて思った。映画ではミステリの要素をかなり抑制している。でなければ、2時間に押し込んだらかなりとっちらかった作品になっただろう。ここは苦悩する少女、それを支える師匠、練習のミラクルを3本柱として、とてもまとまったドラマになっている。

そして、何よりも成功したのは本職のピアニストである清塚信也を岬洋介役に起用したことである。初めての演技とは思えない良い味を出しているということもあるが、彼を起用したことによって演奏シーンの迫力が違う、響きが違う。これが音楽映画としてのこの作品に明らかに息吹を与えている。

橋本愛もよく練習して、演奏のシーンは他の映画みたいにちょっと映って終わりではない。だから、たっぷりと深い感動がある。

『熊蜂の飛行』では終わり頃にジャズ・ベースとドラムスが絡んでくるアレンジで、これはまことに斬新で爽快であった。

そして、ミステリ色を押さえてあるのでうっかりぼーっと観ていたら、最後に予想もしなかった展開があって驚いた。いやあ、よくできた話である。マンガ的ではあるが非常によくできている。そんなどんでん返しがあるとは夢にも思わなかった。

で、全般的に細部に神経の行き届いた演出になっているので、謎が解けたり新たな情報が伝えられたりするたびに、「ああ、前のあのシーンでああだったのはそのためだったのか!」というような驚きがある。

最後の演奏会で、カメラがグランドピアノの回りをぐるぐる回るシーンでも、僕は虚を突かれて、不覚にも一瞬落涙しそうになった。後口も非常に良い。僕としてはものすごくものすごく満足した映画であった。

ところで、この社長役やってるの誰だったかとずっと考えていたのだが、なんとサエキけんぞうであった。柳憂怜とか相築あきことか、後から判った役者が多い。刑事役の芹澤興人も極めて印象的だった。

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