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Sunday, February 24, 2013

映画『横道世之介』

【2月24日特記】 映画『横道世之介』を観てきた。

僕は普段から監督で映画を選ぶことが多い。この映画についても、初めて観た沖田修一監督の前作『キツツキと雨』が良かったから、ということもある。だが、この作品についてはむしろ主演の男優・女優で選んだ面が非常に強い。

──高良健吾と吉高由里子。2人とも、初めて観た時から非常に強い印象を受けた役者である。

高良健吾を初めて見たのは2007年9月の『サッド ヴァケイション』だった。この時の鑑賞記事では彼について一切触れていない(後述の通り、消えてしまう役者だろうと思っていた)のだが、2011年に観た『軽蔑』の記事で、僕は彼についてこんな風に書いている。

眼と言えば、高良健吾もまた眼力(めぢから)の強い役者である。

初めて見たのは青山真治監督の『サッド ヴァケイション』で、異父兄である浅野忠信にボコボコにされる少年の役だった。ものすごく印象に残ったのに、あの時なぜだか僕はこのまま消えてしまう役者だろうと思った。それが今では軒並み主演作が続く大物になった。

実は『サッド ヴァケイション』の次に観た『M』の記事でも僕は「きつい眼つきの少年」と書いている。最初はその辺りが目立つ役者でしかなかったのが、今回の柔和な横道世之介役を見ると、改めて彼の成長ぶりを感じさせられる。

そして、吉高由里子については、初めて観た『転々』(2007年11月)の記事で、僕はこんな風に書いている。

ところで、キャストの4番目に名前が載っている吉高由里子が妙に印象に残っている。もうすでに何本かのキャリアがある女優のようだが僕は初めて観た。このまま消えるか大化けするかのどちらかだと思うのだが、しばらく注目していたい。

こちらも結局「大化け」したことになる。いや、僕は「大化け」する前から、たとえ台詞のない役であっても、スクリーンに彼女の姿を見つけるたびに応援してきた。それは宮﨑あおいの時と同じだ。

そして、宮﨑あおいがクノールのCMに起用された時と同じく、吉高由里子が翌年8月の『きみの友だち』で良い演技を披露してくれた時も、これはひとつのエポックなのだと思った。

そんな2人が今回も良い芝居を見せてくれている。ただし、吉高由里子は中盤で初めて登場する。

冒頭のシーンは新宿駅。どこか風景が古めかしい。そして、歩いている人たちのファッションが一様にダサい。なんじゃこりゃ、と思ったのだが、これは観客に時代設定を提示したものだった(残念ながら斉藤由貴のAXIAの看板は僕の目には入っていなかった)。テロップも出なければ、それと分かる台詞もないのだが、80年台後半である。

横道世之介(高良健吾)は法政大学に合格して長崎から上京してきた。そして今、新宿駅の前を歩いているのである。この世之介が今の世の中にはまず見なくなった人種である。

今で言う KY で、隙だらけで、人が良くて、どこか抜けていて、人懐っこくて、でも微妙に厚かましい(笑)。こういう規格を外れた人間の存在が、どれだけ他の人間の社会生活を潤いのあるものにしてくれるか──一口で言ってしまうとそういうことを描いた映画である。

原作は吉田修一の小説。で、映画の途中で、この素晴らしい脚本は一体誰が書いたのだろう、と思い始めてずっと気になっていたら、エンドロールに前田司郎の名前が出てきた。

僕は前田司郎という人が岸田國士戯曲賞の受賞者であることは承知していたが、ここまで力量のある脚本家であるという実感は持っていなかった。感服した。

その後パンフを読むと、正確には前田司郎と沖田修一の共同脚本で、しかもこの2人は高校の同級生である。今回は前田がベースを書き、沖田が加筆修正したらしい。そして、映画を見ると分かるのだが、現場でのアドリブの台詞やハプニング(帽子が落ちるとかスイカが手から滑るとか)を活かした芝居もふんだんにある。

ひとつひとつのカットが長く、登場人物の会話の妙な間をしっかりと見せてくれている。これが結構おかしい。そして、それらは本当に大学生の普段の会話としてありがちなものであり、観客に説明するための台詞は1行も入っていない。

ストーリーはまるで大学生の日記みたいなもので、驚くようなことはほとんど何も起こらない。それでも、これだけ笑って、そしてこれだけ救われたような気分になるのは何故だろうと思う。

ラストの長回しもすごいが、雪のシーンのワンシーン・ワンカットのカメラの動きも素敵だ。そして、長崎の田舎の風景を撮るのに漁師の爺さんの顔のアップから引いていくなどというアイデアもすごい。

世之介の友だちとして出てくる池松壮亮と朝倉あきのカップル、綾野剛、柄本佑、隣人である江口のりこ、井浦新ら、登場人物がみんな、どっかおかしくて、良い奴ばかりである。世之介の父親のきたろうと吉高由里子演ずる祥子の父親の國村隼を対比させてみても面白い。

吉高由里子は世之介に惚れるお金持ちのお嬢さん。今までにあまりなかった役だ。しかし、吉高本人の持ち味である天然の感じを活かして、こちらも変だけど好感度溢れる女子学生である。

世之介18歳の春から35歳まで、結構長いスパンを描いた映画である。2003年頃からの回想の入れ方も非常に巧いと思った。そして、何よりも映画のお尻が重くならずに終わっているところが良いと思う。

劇中、綾野剛が世之介との出会いを振り返って恋人に言う、「今思うとあいつと知り合っただけで、お前よりだいぶ得してる気がするよ」という台詞が本当に金ピカに光っている。

2時間40分という長い映画だが、僕自身も、これを観なかった人たちよりだいぶ得した気がする。幸せになれる、愛おしい映画である。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

soramove
ラムの大通り
コトコトつづり

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Comments

こんにちは!この映画も先の「箱入り息子の恋」と同じく、ここでyama_eighさんの記事を読んで興味を持って、最近、観ることができました。
いや~すごく良い映画でした。ここで記事を拝見してなかったら、きっとスルーしてしまうようなタイトルだったので
それこそここにお邪魔していることの“お得感”をしっかり味わわせていただきました(笑)。
つたない感想ですが、私もブログにアップしたので、トラックバックさせてくださいね。

Posted by: リリカ | Sunday, March 23, 2014 12:33

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