『人質の朗読会』小川洋子(書評)
【2月6日特記】 短編が9作収められている。が、単なる短編集ではない。その設定が大変面白い。
地球の裏側(と言うから多分南米なのだろう)に旅行中の日本人8人(うち1人は添乗員)の乗ったバスが反政府ゲリラに襲われ、全員が人質となって山小屋に拉致監禁されてしまう。
事件は長期化するが、彼らはやがてその小屋の中で、自らの人生における忘れられない経験を書き綴り、それを朗読する会を始める。そういう事情がまず、「第一夜」に入る前に簡単に説明される。
そして、それに続いて、彼らが朗読した話が順に掲載されている。日本人は8人のはずだが、何故だか「第九夜」まである。それが何故なのかは、ここには書かないでおく。
一人ひとりが語るストーリーは、超常的なもの(特に第一夜がそうだ)もあれば、話自体は日常的なものもある。ただ、いずれもミステリアスな味付けになっている。この辺りが如何にも小川洋子という感じである。
そして、読み始めてすぐに、僕はポール・オースターが編んだ『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を思い出した。これはラジオ番組を通じて、一般人の体験談を募ったものだ。
もちろん本になったのは選ばれた作品ばかりではあるが、素人の書いた話であるのに、これがめちゃくちゃに面白い。ふーん、そんなことってあるんだ、と心底感心してしまう。
この『人質の朗読会』にも同じようなテーストがある。まさに「事実は小説よりも奇なり」だなあ、と感心しかけて、いや待て、こちらは小川洋子の創作であると気づく。誇張でも何でもない。それが小川洋子の手練なのである。
結局僕らは小川洋子の手練を見せつけられて終わる。いや、見えない手練に嵌まってしまうのである。
ストーリー・テラーとして、文章家として、小川洋子という人にはそれくらいの力量があるのである。
細かい説明はしない。まあ読んでほしい。不思議で、少し哀しくて、どこか暖まる9つの物語が、繋がっていないようで繋がっている。
そして、それは多分、これらの話を読んだ僕の心の中に繋がっているのだと思う。
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