« Kindle Fire HD 使用実感 その1 | Main | キネ旬ベストテン »

Wednesday, January 09, 2013

ネタバレって何?

【1月9日特記】 僕はこのブログに映画評を書いていますが、時々「ネタバレ」って一体何なのかについて考え込んでしまいます。

例えば、映画レビューの記事の途中に「注意:ここから先はネタバレがあります」などと、すごく親切な註釈をつけたサイトがあります。これはこれでとても良いと思うのですが、しかし、冷静に考えてみたら、じゃあ、そこより前にはネタバレはないのか?と思ってしまうのです。

僕も映画評を書く時には、少なくとも「犯人は誰それです」とか「結局彼女は誰それにプロポーズされて結婚します」とか「最後には彼は仇を殺して復讐を果たします」なんてことは書かないようにしています。

いや、もちろん書いても良いのです。本当に映画全般に亙る批評を展開しようとするなら、ラストシーンに至るまでの全てのストーリーや画作りに触れないわけには行かないわけですから(だから現にそういう方針で書いておられる方もおられます)。

ただ、ブログという媒体においては、恐らくこれから映画を見る人が、見ようかどうかの判断の助けとして記事を読むケースも少なくないと思いますし、読む気がなかったところまでうっかり読んでしまうということも時々起きてしまうものだと思います。

だから僕も、最終的な結末を書いてしまうという意味でのネタバレは避けるように心がけています。

しかし、上に書いたように、結末さえ書かなければネタバレなしと言えるのか?どこまでなら書いて良いのか?──この辺の明確な判断が実はつかないのです。

映画を紹介するとなると、例えば「西田敏行と堺雅人が親子の役で」みたいなことは書きます。それくらいは書いて良いだろう、と誰でも思うはずです。

(なお、これは説明のために仮に置いた名前であって、何か具体的な映画を踏まえているものではありません。ただ、便宜上この設定で説明を続けます)

しかし、純粋に観客という立場から見れば、あるいは観客に見せようとしている制作者の立場に立てば、西田敏行と堺雅人が親子であるという情報を、映画を見る前から与えてやることが正しいのかどうか、確信が持てないのです。

何の事前情報も持たないまま映画館で初見する人にとっては(そして、制作者は基本的にそういう観客を前提にしているはず)、最初のシーンで西田敏行と堺雅人の2ショットが映った瞬間には、それが親子なのか上司と部下なのか、あるいは初対面なのかは分からないはずなんです。そして、その後の展開でどうやってそれを伝えて行くかが制作者の手腕になってきます。

単純な話、ナレーションで説明する手もあります。役名のテロップを出すこともできます。ま、そういう手法を採る映画は多くはないですが、あるのも確かです。

あるいは、堺雅人が西田敏行に「父さん」と呼びかける台詞があれば、観客はそこで2人が父子であると了解します。その台詞は冒頭かもしれませんし、あるいは映画が始まって何十分も経ってからかもしれません。で、もし何十分も経ってからであったとすれば、その情報を事前に伝えてしまう僕の記事はそれで良いのかな、と考えてしまうのです。

あるいは、台詞では父子であることを明示せずに、2人のやり取りから「ああ、これは親子なんだな」と分かることもあります。そういう台本に出会うと僕なんかは、「ああ、巧いなあ」と嬉しくなってしまいます。

逆に、自然な流れの台詞ではなく、例えば他の登場人物に「あの2人は親子だから」などという説明のための台詞を無理やり吐かせるようなことをしている映画もあり、僕はそういうのに激しい嫌悪感を抱いてしまいます。

なんであれ、作者はどの時点でどういう風にして2人が親子であるという事実を伝えようとしているのかということは結構映画のポイントであったりもするわけです。

サスペンスなら、まるで父子のように描いておきながら実はそうではなかった、と観客を騙すような作り方もあります。また、実の親子だと思っていたら義理の親子だった、というような展開をする場合もあります。

その場合どこまで書いてしまうとネタバレなのかという明確な基準は立てようがありません。そのことがストーリーの中でどれほどの重要性を持っているかにもよりますので。

しかし、いずれにしても、僕のブログの読者の多くを「これから映画を見る人、見るかどうか決める人」と想定している限り、ある程度書かないわけには行きませんし、書きすぎるわけにも行きません。だから悩むのです。

以前、観た映画について書いた文章が、意図に反してかなり否定的な印象を与えてしまったことがありました。僕自身はあからさまに貶す文章にならないように細心の注意を払って書いたつもりだったのですが、たまたま知人がその映画の関係者で、僕のブログを読んで「これほどのネタバレと酷評はない」と憤ったのでした。

「酷評」については感じ方の問題なので仕方がないかとは思います。僕としては自分の怒りの感情を必死に抑えて、否定的な表現を可能な限り削りに削って、書き換えに書き換え、表現を和らげに和らげた上でアップしたのですが、それでもまだそんな風に読めたということは、よほど僕自身が気に入らなかったということなのだなあ、と改めて思いました。

ただ、ネタバレについては、決して悪意を持って暴露してやろうとしたのではありません。ただ、少しでも否定的なことを書こうとすると、判断の基準や根拠を示さずに展開するのはアンフェアです。

単に「この映画はひどい」ではなく、「このシーンの前にこういうことを描いておかないといけないのではないか?」とか「このシーンはそれまでのこういう描き方をぶち壊しにしていないか?」などと具体的に書く必要があるのです。

そういう思いがどうしても細かいところを説明してしまい、それが意図せざるネタバレに繋がってしまったようなのです。

そのことがあってから、ネタバレって何だろうと悩むようになりました。答えはまだ出ていません。

映画評を書くということはそういうことなのだから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれません。いや、どんなに中途半端な批評になったとしても、ストーリーについては常に書き過ぎないように注意しなければならない、と言われればその通りなのかもしれません。

いやいや、もしも真っ白な状態で映画を観たいのであれば如何なるブログも読まなければ良いのであり、ブログを読みに来ているということはある程度の覚悟があるということなのだから、あまり気にせずに書けば良い、という意見もあるでしょう。

ただ、どう心がけるにしても、いずれにしても「ここから先がネタバレ」といいう境界はないのです。これはこの先一生悩み、一生考え続ける問題になるのだろうと思います。

|

« Kindle Fire HD 使用実感 その1 | Main | キネ旬ベストテン »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ネタバレって何?:

« Kindle Fire HD 使用実感 その1 | Main | キネ旬ベストテン »