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Saturday, November 17, 2012

映画『その夜の侍』

【11月17日特記】 映画『その夜の侍』を観てきた。

予告編を見て、即座にこれは観ようと決めた。僕は知らなかったのだが、赤堀雅秋という、結構有名な劇作家/演出家/俳優の初監督作品らしい(俳優としては、僕は彼の出演作を5本見ているのだが、あんまり印象に残っていない。まあ、忘れてしまうのはいつものことだがw)

舞台の演出家が映画を撮ると、三方を囲まれた四角い舞台という制約から解き放たれて可能性が広がりそうなものだが、現実には舞台的な構図から抜け出せずに、結局のところ映画にする必然性のない作品になってしまうことが多い。

だから、舞台の演出家が撮った傑作映画というのは、じっくり探せばあるのかもしれないが、僕は俄に思い出せない。むしろ、そんなことだったら舞台でやってりゃ良いのに、と落胆することが多かったように思う。

この映画でも最初、カメラがやたらと人物を追っかけるのが好きだったりする(ちょうど、舞台上で台詞を喋っている役者を観客が目で追うように)辺りが気にはなったが、でも、舞台と映画がどんなに違う性格のものであったとしても、その差異を消し飛ばしてしまうような脚本の凄みが、この作品にはあった。

そして、まさに映画でしか見せられない画もたくさんあった。

それは、例えば汗である。

冒頭、中村(堺雅人)の後ろ姿が映る(カメラは背後から彼をずっと追っかける)。その後頭部が汗に濡れていて、暑苦しい。そして、ちょっと汚らしい。

彼は最愛の妻(坂井真紀)を木島(山田孝之)と小林(綾野剛)の軽トラック(木島が運転中)にひき逃げされて独り身になり、以来5年間、抜け殻のような生活を送っている。彼はいまだに失った妻の面影を追い求め、そして、妻を殺した犯人に復讐することしか考えていない。

妻が最後に電話に吹き込んだメッセージを繰り返し繰り返し聴き、気が狂ったようにプリンを食べ、自分の経営する鉄工所で働きながら、妻の下着を常にポケットに入れている。

その彼が、如何にも不審な挙動を見せながら尾行していたのが、刑期を終えて、今はタクシー運転手の小林のところに転がり込み、小林のタクシー会社で研修中の木島だと分かる。

慣れない尾行で汗をかいているという面もあるのだろうが、他の登場人物を見ると皆半袖である。季節は夏なのである。なのに、彼だけが長袖の作業服を着ている。生え際から首筋にかけてじっとりと汗ばんでいる。そういうところでも、彼の異常性、非日常性が描かれている。

8月の10日間ほどの話ということで、汗はこのあとも、いろんな人物のいろんなシーンで描かれる。そう、こういう、舞台では絶対に描けないものを描いてこそ映画なのである。

やがて、彼が持っているレジ袋の底が破れて、包丁の刃が飛び出しているのが見える。それ以外の説明はない。この辺りはまことに映画的な処理である。

ここまで観た所で、誰が考えてもこの映画のポイントは、彼が最後に木島を刺し殺すか刺し殺さないか、ということになるのだが、映画はそういう安易な発想を我々に許してはくれない──この点についてはこの文章の最後に書く。

それぞれの人物の造形にものすごい切れ味があるのだが、中でも木島の描き方が凄い。

悪党である。そして、一体何を考えていて、何が行動の原理になっているのかがさっぱり分からない。しかし、その分からなさに圧倒的なリアリティがある。平たい言葉で言うと、こいういう訳分からん怖いやつって、確かにいるのである。だから怖いのである。

留守電の録音テープもそうだけれど、繰り返される台詞、繰り返さえるシチュエーション、そして、違うシチュエーションで再現する台詞──我々はそれを観て、それを聴いて、とても心がザラついてくる。なんか気に障る。触ってほしくないところに触られている感覚になる。

山田孝之の度肝を抜く演技に加えて、脇を固める役者たちがまたすごい。

中村の工場の従業員・久保(高橋努)、中村の亡くなった妻の兄で中学校教員の青木(新井浩文)、青木が中村と再婚させようとしている同僚・川村(山田キヌヲ)、木島・小林のタクシー会社の同僚・星(田口トモロヲ)、小林の妻・昭子(木南晴夏)、そして、木島に因縁をつけられる警備員・由美子(谷村美月)──ぜーんぶ、僕の好きな役者だ。

ほかにもでんでんやら安藤サクラやらが出ていて、それぞれが人間の弱さやいい加減さを、これでもかというほど見せてくれる。多くの登場人物が、ストーリーの進行に関係のない無意味な台詞を言う。でも、その無意味さに圧倒的なリアリティがある。

カッとして物を投げつけるのかと思ったら、投げつけたには違いないが、それがレジ袋で、ふんわりと宙を漂っていたりする。その間抜けさに圧倒的なリアリティがある。
映画全編にそういう冴えがある。

そして、遂に中村と木島の対決シーンになる。どうなるのか、固唾を飲んで見ていた僕は、映画に突然「お前なんかには関係がない」と突き放されたような気がした。中村の台詞にドキッとした。この対決シーンでの台詞のやり取りは、ちょっと他の脚本家には真似ができないだろうと思う。

で、この唐突で中途半端な終わり方は何なのだ? そう、人生にはドラマみたいな綺麗なけじめはないのである。このあと彼らはどうなるんだろうか? また結局誰かが殺されたりしないのだろうか? 気になって仕方がない。

嫌な映画である。そして、ものすごく考えさせられる。こういう感じは『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』以来である。あれも本谷有希子の芝居が原作となった映画であった。この2人には共通した観察眼があるように思う。

そして、一言でまとめてしまうと、脚本の勝利である。で、それは紛れもなく、芝居の脚本ではなく、映画の脚本になっていた。いや、もうそんなことはどっちでも良いか(笑)

これほどの切れのある脚本にはそうそうお目にかかれるものではない。一度舞台も観てみたいと思った。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

ラムの大通り

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