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Monday, September 17, 2012

映画『夢売るふたり』

【9月17日特記】 映画『夢売るふたり』を観てきた。

多分多くの人がそうだろうと思うのだが、僕も『蛇イチゴ』に度肝を抜かれた口だ。そして『ゆれる』の、映像としての表現力に言葉を失った。ところが、次の『ディア・ドクター』は、まあ面白かったしよくできてはいたのだが、テーマがテーマだけに少し薬臭くなって、ちょっとイヤーな予感がした。

西川美和はここから先僕とは離れていくのではないかという予感である。それは必ずしも監督の志向性が変わるということではなく、僕の見方・感じ方が変わってしまうということによっても起きるのだが、ひとりの監督を追っかけていると時々あることである。

たとえば一時期かなり好きだった荻上直子を、もうちっとも観たくなくなってしまったみたいに。

そんなわけでちょっと恐る恐る観に行ったのだが、それは杞憂であった。『ゆれる』や『ディア・ドクター』のような、ちょっと触っただけで血が出そうな、切れ味溢れる映画ではなかったが、やっぱりこの表現力はすごいと思った。

筋は大変単純で、火事で店(焼き鳥屋)を失った市澤夫妻(阿部サダヲと松たか子)が、また店を出すための資金を稼ぐために結婚詐欺を始める話である。

夫婦でやると言っても、結婚詐欺をするのはもっぱら夫の貫也のほうで、妻の里子のほうは表舞台には出て来ない。だが、主導権を握っているのは妻のほうだ。そして、それは考えた末に「よし、やろう」となったわけではない。一見不甲斐ないように見えて、実は自分の夫にそういう才能があることに里子が気づくのである。

恐ろしい設定である。しかし、都内で店を物色しながら勤務先を変えて、ターゲットを探しては女を騙すことの繰り返しで、稼いでは逃亡を繰り返すのではなく、ずっと東京にいるのである。そうなると早晩捕まるのは目に見えている。

要はそこへ向かってどんなドラマを書くかが今回の西川美和の勝負なのである。

アバンタイトルの部分で、火事のいきさつを描く一方で、何人かの登場人物をさっと舐めていく。ここで主な登場人物を一気に紹介するわけではない。あくまで火事のエピソードのおかずみたいにインサートして行く。

その中では、好きな客だと生でやってしまうソープ嬢・紀代(安藤玉恵)のエピソードがひときわ異彩を放っていて、一体どうつながっていくのかが気になる。

そして、タイトルまでの間、ずっとジャズっぽい音楽がバックで鳴っている(時々は引いて無音になるのだが)。こういう作り方って非常に巧いなあと思った。

騙される女性が多いから少し長い映画になったが、その辺の要素は上手く端折って、飽きない構成にしてある。まず焦点を当てるのはOLの棚橋咲月(田中麗奈)。

結婚していない女性たちがどのような闇を抱えて生きているのか、そこへ阿部サダヲのような男がどうやってするりと入り込むのか、そういうところが丁寧に描かれる。

その辺のOLばかりではなく、巨体の女子重量挙げの選手・ひとみ(江原由夏)まで食い物にしようとするところがすごい。さすがにこの時ばかりは里子が尻込みする。それを貫也が咎める。この辺の真理の描き方は却々鋭い。

そして、いつもそうなのだが、「この画はこの意味」といった単純な解釈を許してくれないのである。観客は終わってからそれが何だったのか考えるかもしれないし考えないかもしれない。しかし、いずれにしても妙に印象に残るのである。

突然のネズミの画がとても怖い。操車場とか自転車の二人乗りとか、なんだか分からないが沁みてくる画がある。どんどんスピードを上げながら走る貫也の、少しずつ間隔が短くなる足音が耳に残る。

そして、今回は女の生理みたいな、男性の監督ならまず描かないシーンがたくさん出てきた。マスターベーションをし、おしっこをし、ナプキンをパンティにつけ、パンツを下ろしてお尻の打ち身を見る里子。

それが何かと言われれば分からない。でも何かなのである。それらは全て、文章では表現できない、映像ならではの何かなのである。

さて、ストーリー展開もラストまで結構意表を突いてくれる。人間って不思議である。良い結末だと思った。

タイトルよるとこの2人は決して金を騙し取っているのではなく、女性たちに夢を売ってその対価を得ているのである。いや、でも、それが結論ではない。それはあくまでタイトルが担っている一部分でしかないのである。

西川美和はなにか1つの単純なことを伝えたくて映画を作っているのではない、と僕は思う。それは映像でしか伝えられない、全体としての何かなのである。

そして、その「何か」は詰まるところこれなのだ、というような分析はとても野暮なことだと思う。

阿部サダヲも松たか子も好きな役者ではないのだが、今回はこの組合せでしかこの映画は撮れなかったろうなあと思う。そして、香川照之や伊勢谷友介、古館寛治ら良い役者をちょい役で、大変贅沢に使っている。

今回も大変良い出来であった。

余談であるが、パンフレットが売り切れで買えなかった。3連休の最終日で、慌てて発注しても間に合わなかったということなのだろうが、こんなことは今までほとんど記憶にない。

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