映画『桐島、部活やめるってよ』
【8月11日特記】 映画『桐島、部活やめるってよ』を観てきた。
吉田大八監督はデビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』がとにかく衝撃的だった。そして、『クヒオ大佐』は見逃したものの、『パーマネント野ばら』もまた驚愕の出来だった。
だから、この映画が吉田大八監督だと知った瞬間に必ず見ると決めた。原作の小説はタイトルしか知らないが、そんなことはどうでも良い。そして、今回も僕の目に狂いはなかった。
誰かがネット上に、この映画を観ていると行定勲監督の『きょうのできごと』を思い出すと書いていたが、確かに僕も思い出した。そう、青春群像劇なのである。
出てくる少年少女の年齢がちょっと下がるが、パンフには相米慎二監督の『台風クラブ』を引き合いに出した記事もあった。確かに時代・年代の差はあるが、ともに“学校が社会の全てである少年少女たち”の閉塞感みたいなものを描いているところも近い。
いや、もっと言うと、『きょうのできごと』や『台風クラブ』との共通性として言えるのは、ストーリーだけを書き出したとしたら、実はあまり何も起こっていない映画だということである。なのにものすごく多くのことを語っているすごさを実感する。
そして、決して描き過ぎずに、観ている人たちにきっちり解釈の余地と余韻を残しているところがこれまたすごいのである。
ともかく脚本が素晴らしい。原作がどれほどよく書けた小説であったとしても、この映画の卓越性はやはり吉田大八と喜安浩平が共同で書いた台本の出来に負うところが大きいと言うべきだろう。吉田大八の視点の確かさと、喜安浩平の若者言葉の扱いの上手さが見事に噛み合ったと言える。
非常にテクニカルなところをまず指摘しておくと、まだあまり顔が売れていない役者をたくさん使っていいるにも拘わらず、誰が誰なのか分からなくなるということが全くない。ま、それは脚本だけの問題ではないけれど、しかし脚本を書く段階からちゃんとその辺りを見越しているとも言える。
そして、この章立ての妙。原作は登場人物ごとの章立てであったらしいが、映画は1日ごとである。しかも、桐島が部活をやめたらしいという話が伝わってくる金曜日は、登場人物ごとに視点を変えて4回も繰り返される。
この構造によって設定や進行が、サイド・ネタや布石も含めて非常に頭に入りやすく、また大勢の人物のキャラクターがしっかり措定されるということもあるが、その一方で、この繰り返しが実に不吉なリズムとなっており、いつしか観客たちまでがそのリズムに引っ張りこまれてしまうのである。
この話のキモは、いつまで経っても桐島が現れないことである。クラスの人気者でバレー部のスターでもある桐島が、突然部活をやめるらしいという噂が広がり、本人が学校に現れず、親友とも彼女とも音信不通になることによって、まるで積み重ねたブロックの1つを抜き取ったみたいに、いろんなものが崩れ始める。
これから観る人のためにもちろん結末は書かないが、桐島は却々姿を現さない。観ている僕らは、「桐島って一体どんな奴なんだろう?」という思いがどんどん強まってくる。桐島に対する興味が湧く人もいれば、桐島に対して嫌悪感を持ってしまう人もいるだろう。
この見事な設定を、非の打ち所のないリアルな台詞と演出によって、物語はどんどん流れて行く。役者が素晴らしい。クレジットとしては神木隆之介と橋本愛が主演のような扱いだが、実質上の主演は役者としての実績がほとんどない東出昌大である。桐島の一番の親友の役なのだが、これがとても良い。
それから橋本愛と同じバトミントン部の少女を演じた清水くるみも素晴らしいかった。あとは落合モトキ、大後寿々花、前野朋哉、松岡茉優、太賀…。もっと巧い役者はいるかもしれない、しかし、そういう役者を持ってきた時に、これだけリアルな演技ができるかどうかは大いに疑問である。
高校生活は今と昔では随分変わってしまったところは多いだろう。しかし、あの年代のころ、僕らも同じようなムードに押しつぶされようとしていた。同じような鬱屈があって焦燥があった。
それは名づけようったって説明しようったって到底上手くできないものである。それは本来的には詩とか音楽とか、そういうものでしか描きようのない題材なのである。そして、そんな掴みどころのないものを、こんな風に鮮やかに映画で描ききってしまうところが吉田大八の真骨頂だと思う。
この映画は間違いなく今年のキネマ旬報ベストテンの上位に入るだろうと思う。僕自身も今年見た映画の中では1、2を争う出来の映画だと思う。ものすごく面白かった。
カメラは『パーマネント野ばら』に引き続いて近藤龍人が務めている。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
Comments
こんばんは。ようやくこの作品を観ました。
すごく面白かったです。同時に日本的な映画だとも思いました。
この記事で書かれているように、高校生が普遍的に享受するであろう
モヤモヤや焦燥、苛立ちやある種の過剰がよく描かれていましたが、
この世代を超えた鬱屈の表出が極めて日本的だと感じたのです。
そして、今観ると、あの映画に出ていた学生役の俳優の多くが
メジャー作品に出ていますね。
個人的には吹奏楽部の部長の女子が良かったです。
桐島くんにもっとも遠いのに、ていねいに描かれているあたり。
Posted by: リリカ | Monday, November 04, 2013 21:58
> リリカさん
最近このパタン多いですよねw こうやって昔の記事を掘り起こしてもらうと結構嬉しいもんです。ただ、例によって何でもすぐに忘れてしまうので、自分の書いた文章を読んでも「へえ」って言いそうになりますw
Posted by: yama_eigh | Monday, November 04, 2013 23:17
yama_eighさんの映画記事は、いつも興味深く拝見しています。
全部じゃないですけど結構覚えていて、放送をチェックしたりする時に
「ああ、この作品、面白いって書いてあったなあ」とか思い出して録画したりします。
ずいぶん時間差があるので、ストーリー展開を読んでいても忘れちゃうから記事が書かれた時に全文読んでます。
で、観終えて改めて記事に戻って「なるほど〜」と。
一粒で二度美味しい、です(笑)。
Posted by: リリカ | Tuesday, November 05, 2013 06:17