『七夜物語』川上弘美(書評)
【8月21日特記】 宣伝文句をちらっと読んだ限りでは面白そうだったし、川上弘美の長編だということで、あまりどんな系統の作品か知らないまま飛びついてしまった。しかも、上下巻に分かれているということさえ確かめずに、上巻しか買っていなかった。
で、読み始めたら、なんと、これは紛れもない児童文学ではないか! 児童文学というのは児童が読む文学で、大人が読むとそれほど面白くない。得てして設定が単純で大人の好奇心を満たすほどの変化に乏しいことが多いのである。
この物語も、そういう意味で如何にも児童文学という感じがある。しかも、著述がある程度進んでから少し前に戻って「こんなことになるのはおかしいと思うかもしれないが、実はこれこれだったからである」みたいな表現が何箇所かあり、作家は最初にしっかり話の構造を作ってから書くのではなく、書きながら作っているような、考えながらの流し書きみたいな感じがある。
そういうわけで上巻の3分の2近くまで読み終えた時点で少し飽きてしまい、「もう下巻は読まなくてもいいかな」と思ったほどであった。
それが、上巻の終わりごろからだんだん面白くなってきて、気がついたら下巻も取り寄せて、猛スピードで読み進んでいた。
主人公は小学校4年生の鳴海さよと同級生の仄田くん。ともにちょっと変わっているところのある小学生である。そして、しっかり者のさよと弱虫でオタクっぽい仄田くんというコントラストの効いたコンビである。この2人が図書館で見つけた『七夜物語』という本を読んだことによって、7回にわたって「夜の世界」という異界に行って冒険することになる話である。
上にも書いたように如何にも児童文学という感じのファンタジーなのだが、川上弘美にはいつからこういう志向があっただろうか?
で、児童向けのお話によくあるように、そこにはわかりやすい形で教訓めいたものが用意されている。ただ、その教訓そのものはあまりカチッとした明快なものではなく、果たして児童に理解できるのかどうか、多分大人になってからその意味がぼんやりと解ってくるのではないかと思えるような、ある意味で曖昧で、ある意味で深い教訓なのである。
そして、その辺りのことが展開される終盤と、エピローグに当たる最後の10ページほどに、如何にも川上弘美らしい冴えと煌めきがある。ああ、そうだ、この作家はこういう筆致を得意としたのだ、と急に従来の川上弘美の作風が脳裏に甦ってきた。
結局読み終わってみると却々面白かった。僕は教訓めいた話は全般に嫌いなのだが、川上弘美がここで書いていることについては全面的に共感を覚えた。児童の身の丈よりも少し上にバーを設置した、見事な児童文学であった。
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