『夢違』恩田陸(書評)
【7月31日特記】 これは久しぶりに恩田陸らしい恩田陸だった。いや、恩田陸にはいろんな顔があっていろんなファンがいるので、読者の中には「これが恩田陸らしい恩田陸とは思わない」と言う人もいるのかもしれない。言い直すと、これこそは僕の好きな恩田陸だった。
「夢札を引く」という味わい深い表現──背後にいろんな想像が膨らんでくるこの表現を軸に、物語は展開する。この物語の時代には人間の見た夢を記録する機械ができている。そして、記録された他人の夢を見て、精神医学/カウンセリングの立場からそれを分析する職業がある。
その機械には「獏」という絶妙な名前がついているが、ではそれを使ってどうやって記録し、どうやって見るのかについて、あまり詳しいことは書かれていない。この辺りの、どこまで明示的に叙述するかが如何にも恩田陸らしい見事な匙加減なのである。適当なところで止めてあるから、読者の想像は却って止まらない。
この物語の主人公はそんな夢判断を仕事にしている浩章。そして、極めて強い予知夢の能力を持った古藤結衣子という女性が出てくる。日本中に有名な存在。しかし、彼女は死んだはずである。
浩章は結衣子の義弟である。義弟でありながら、結衣子に淡い恋心を抱いており、自分の能力ゆえに悩み苦しむ結衣子をなんとか助けてやろうとしていた。その矢先に結衣子はいなくなった。──この辺りの、微妙な関係性に支えられた人物設定も極めて巧みである。
読者は、冒頭の浩章が結衣子(の幽霊?)を見かけるシーンから一気に引きこまれ、最後まで作家にがっちりとホールドされたままになる。
SF的な話なのか、怪談なのか、その辺の手の内も、終盤の展開まで伏せたままでストーリーを転がして行く。いつも通りといえばいつも通りだが、巧い。「巧い!」と感じさせない巧さなのである。
そして、結末も書き過ぎることなく、良い塩梅で終わる。書き過ぎないことによって余韻が生まれるのだということを、この作家はよく知っている。
人間の、他の人に対する「思い」というものを形にした小説である。静かだけれど、ある意味で濃密な物語であった。
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Posted by: 藍色 | Friday, January 24, 2014 14:26