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Tuesday, May 22, 2012

短く書く

【5月22日特記】 「オンライン書店 bk1」改め「ハイブリッド書店サービス honto」に痛い目に遭わされたので、書評をこのブログに移設する作業に着手した。

とりあえず一番古い2002年に書いたものから作業しているのだが、この作業の中でかつて自分が書いた文章を読み返してみてびっくりすることがある。それは表現が稚拙とか考えが浅はかとかいうようなことではない。文章が短いということである。

僕は自分ではずっと、レポート用紙1~2枚くらい(原稿用紙なら3~6枚くらい)の長さの文章を書くのが得意だと思ってきたのだが、ネットに投稿を始めたごろにはこんなに短い文章を書いていたのかと我ながら驚いたのである。

では、一体いつごろから僕の文章は長くなり始めたのだろう?

別に短い文章をあまり書いて来なかったというわけではない。社外向け、社内向けのメールマガジンなどでは400~500字程度の原稿を400篇くらいは書き散らしてきた。

ただ、はっきり言えることがひとつあって、それは短い文章は難しいということである。短い文章はそれなりに構成をしっかり練らなければばならないし、何を書き何を書かないかという選別も適切に行う必要がある。

そのためにまずじっくり考えて、書いては削り書いては削り、何度も何度も読み返しては寝かせて、また読み返しては書きなおすという作業が必要になってくる。長くて良いのであればそこまで神経を使う必要はない。

要するに、少し逆説的に聞こえるかもしれないが、あまり時間をかけずに書こうとすれば、文章はほどほどに長いほうが楽なのである。

だから、僕の文章は、楽なほうへ、長いほうへと流れていったのであろう。でも、当時の書評を読み返してみて、流れる前は短い文章でちゃんと書けていたかというと、ここが短い文章の難しさで、短すぎて伝えることが充分伝えられていない感じがはっきりとある。そして、短い文章には絶対に必要になってくる“切れ味”もない。

やっぱり文章が下手だったということかというと、そうとも言えるがそうではないとも言えるのであって、つまり、あまり時間もないのに、短い文章という難しい方法を選んでいたのが失敗なのである。

しかし、そういうことを差っ引いても、僕の文章は確かに長くなりすぎた嫌いはある。

会社では若い連中にいつも「網羅的に、ではなく、象徴的に書け」と言っているのだが、そう言っている自分の文章自体が網羅的になってきているのをはっきりと自覚した。

映画評であれ、書評であれ、もう少し短く書くように意識をしてみようかな、などと思っている。何字ぐらいの短さが適当か、ということではなくて、自分で余すところなく書けたなあと思った分量から、少し時間をかけて削る作業を惜しんではいけないと反省した。

昔の自分を読み返してみるのも意味があるものである。

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