『0.5ミリ』 安藤モモ子(書評)
【5月18日特記】 安藤モモ子の小説デビューになる短編集である。映画監督としてのデビュー作であった『カケラ』もそうだったのだが、大変こなれている。とても処女作だとは思えない。多分、少女時代からたくさん読んでたくさん書いてきた人(そしてたくさん映画やドラマを観てきた人)だったのだろうと思う。それは言わば彼女のリテラシーと言うべきもの、それまでに培われてきた財産なのだろうと思う。
表題作の『0.5ミリ』では、主人公のヘルパー、サワが訪問介護先でとんでもないトラブルに巻き込まれた挙句、知らない街で住むところもお金もなくなってしまうところから始まる。結構悲惨な色合いの幕開けである。この後、彼女はどこまでも堕ちて行く──と言ったリニアな展開を、ついつい我々読者は思い浮かべてしまうのだが、そこからトーンが一転する。これから読む人のために詳しい筋は書かないが、サワは奇妙な生命力を発揮して生き延びて行く。この展開が意表を突いて楽しい。そして活き活きとしている。決してクソ真面目ではなく、しかし、生きるということに対して本質的に前向きな描写が続く。
一方、もう1編収められている『クジラの葬式』のほうはもう少し写実性を緩めてファンタジックになってくる。だが、結末はこちらのほうが苦いかもしれない。
『0.5ミリ』のほうの主人公は老人介護の経験を積んだヘルパーであり、『クジラの葬式』の「私」は、免許も何も持っていないインチキとはいえ、一応「ヒーラー」を名乗っている。そう言えば映画『カケラ』の主人公リコは、事故や病気で失った身体のパーツ(具体的には乳房や指など)を作る「メディカル・アーティスト」だった。他人に対するそういう処し方こそが、彼女が小説を書いたり映画を撮ったりする時の基本的なスタンスなのかもしれない。
筋の組み立て方は見事に立体的で変化に富んで、読む者を飽きさせない。ただ、残念なのはどちらの作品も、物語を閉じる寸前になって少し理屈っぽくなってしまうこと。作者の中に理屈はしっかりあってしかるべきだが、作品を終わらせようとする際に、少しその理屈を見せすぎるような気がした。
でも、とても面白かった。今度はこの自作を映画化するとのこと。『カケラ』がとても良かっただけに、今からとても楽しみである。
なお、ご存じない方のために書いておくと、安藤モモ子は奥田瑛二・安藤和津夫妻の長女であり、安藤サクラの姉である。
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