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Wednesday, March 28, 2012

理系と文系、コンピュータと下駄

【3月28日特記】 僕は1990年代の半ばに在阪局の東京支社の営業から本社の編成に転勤してきた。そして、そのことによって初めて技術職の人たちと接点を持ったのだが、その時の驚きを今もって忘れない。

僕はそれまでずっと営業だったので、事業や編成、制作などの人たちとは多少とも接点があった。報道とはほとんど接点がなかったが、それでもゼロではなかった。しかし、東京支社にいる限り、技術職の人たちとは完全に没交渉だったのである。

それが本社に行って、編成というどのセクションとも接点のある部で働くことになって、初めて技術職の人たちと口を利くようになった。で、よく考えてみると、大学も経済学部だったので、大学入学以来ほとんど初めて理系の人と話す機会を持ったというわけだ。

で、いざ話してみると、話せば話すほど、「はあ、彼らはそういう発想をするのか!」「そんな考え方ってあったんだ!」と驚くことばかりで、非常に新鮮な思いをしたことがいつまでも記憶に残っている。

今では理系/文系などという分類は全くのナンセンスだと思っているが、それはコンピュータという理系/文系の境界的なテクノロジーが出てきたからである。いや、境界的と言うよりも、コンピュータが理系と文系のインターフェイスになったのだと思う。

そう、コンピュータのお陰で、理系と文系の間にあった「超えられない境界」みたいなものが溶融して、行き来が自由になったような気がする。コンピュータの橋渡しによって理系と文系のコミュニケーションが楽になったような気がする。

でも、理系と文系が全く同じになったと言える境地にたどり着いたかと言えばそこまでではなくて、出自と言うか、経歴と言うか、育ちと言うか、そういうものの違いはやっぱりあって、それが依然面白いと言えば面白い。

今日もたまたま理系出身の3人の人たちと話をしていたのだが、久しぶりに新鮮な驚きがあった。

僕が学生時代に下駄を履いて歩いていたら、阪急電車の踏切を渡っている時に下駄の歯と歯の間にレールがすっぽり挟まって抜けなくなった話をしたのである。

僕は下駄を履いたままレールから外そうとして必死に足で引っ張ったが抜けず、そうこうする間に踏切がカンカン、チンチン鳴り出して、遮断機が降り始めてマジで焦りだした。

結局のところ、下駄を履いたまま足で引っ張るよりも下駄を脱いで両手で持って引っ剥がしたほうが良いと気づいてやってみたらすぐにカパッと外れてことなきを得たのだが、それを聞いた1人が即座にこう言った。

「なるほど下駄を履いたまま剥がそうとすると、どうしても角度が斜めになって外れないですもんね。手で持って真上に引っ張るから外れたんですよね」

なるほど!と思いません?

あれから何十年経ってるのか分からないが、僕は初めて「なるほど、そういうメカニズムで僕の下駄は外れなかったのか!」と気づいた。

先ほども書いたように、僕は今ではことさら理系だとか文系だとかいう区別にしがみつくつもりはない。しかし、自分と違う感性や発想の持ち主と交流するのはなんと有意義で、かつ楽しいことなのか!──そのことだけはやっぱりものすごく感じてしまう。

今日僕は、なんだかコンピュータと下駄に感謝の意を表しておきたい気持ちでいっぱいになってしまった(笑)

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Comments

NIce!Nice!

Posted by: hikomal | Wednesday, March 28, 2012 at 07:28

下駄を脱ぐことを思いつかないかもしれない恐怖。
思いついたとしたら、下駄を線路に残してそのまま踏切から飛び出ると思う。
私は何系?

Posted by: tapioka | Wednesday, March 28, 2012 at 10:41

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