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Sunday, March 11, 2012

映画『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

【3月11日特記】 映画『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を観てきた。これも予告編でものすごく魅かれた作品。そう、舞踊のことなど何も知らない僕が。

どうやらピナ・バウシュという人はこの世界ではとても有名な人だったらしい。ヴェンダースが彼女の舞台に魅せられ、彼女と意気投合して、彼女のドキュメンタリーを作ろうとしたところで、彼女は急に死んでしまった。

一旦は映画化を断念したものの、結局思い直して彼女亡き後の世界から彼女を描いたのがこの映画である。僕が劇場で見る4本目のヴィム・ベンダースである。

演劇においても「役者の身体性」みたいなことがよく言われるが、それがダンスになると身体性が全てになる。つまり、「身体言語」である。その身体性を画面に収めた映画だから、これを言葉で語ろうとするととても難しい。

ダンス・シーンの連続である。舞台をそのまま映した画がある。しかし、役者の顔がカメラに向かって迫って来る画もあるので、これは公演をそのまま映したものではない。

中にはピナが出てくるモノクロの古い映像もある。そして、その映像とシームレスに繋がる最近の映像もある。舞台ではなく街で踊っている映像もある。新しく撮った映像である。

つまり、それは「再現」である。「再現」などと言うと、「やらせ」に結びつく胡散臭い響きのある表現になるが、これは英語で言えば reconstruction なので「再現」ではなくむしろ「再構築」と言うべきかもしれない(そのことを僕は今野勉さんの著書『テレビの嘘を見破る』で初めて知った)。

ただ、この映画のすごいところは、ピナ・バウシュが死んだ後の「再現/再構築」によって、生前のピナの魂をそれこそスクリーン上に再現/再生しているところなのである。

さまざまなダンサーのインタビューがインサートされる(しかし、不思議なのはインタビューの音声が乗っているのは喋っている彼らの画ではなく、黙ったままのダンサーのワンショットであるところである。これには何か意味が込められているのだろうか? 随分考えてしまった)。

3Dを含むカメラの使い方ももちろん特筆すべきことかもしれないが、面白いのはやはりダンサーたちの身体性=ダンスである。このユニークで躍動感溢れる動き! 彼らの表現力にも驚くが、何と言っても身体で表現しようとするピナの意(こころ)に我々は度肝を抜かれるのである。

この意の強さ、したたかさとしなやかさ、そして、この意の確かさ。多分大きな大きな人だったのだろう。

観ていてなんだか泣きそうになってくるところもある。ヴェンダースのアイデアに驚く瞬間もある。ダンスと一体となるものとしての音楽の重要性にはっと気がついたりもする。しかし、さすがに長すぎて少し飽きる部分もある。そして、程良いところで、程良い余韻を残して映画は終わる。

ヴィム・ベンダースでなくても彼女と知りあえば彼女の映画を撮りたくなっただろう。だけど、ヴィム・ベンダースでなければ、こんな風には撮れなかったと思う。

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