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Sunday, March 25, 2012

映画『僕達急行 A列車で行こう』

【3月25日特記】 映画『僕達急行 A列車で行こう』を観てきた。森田芳光監督の遺作である。

森田芳光は僕が最も好きな監督のひとりであると言って良いと思う。そして、僕が生きていく上で最も大きな影響を受けた映画監督であると断言できる。

もうこのブログでも何度も何度も書いているように、僕は彼の35mmデビュー作である『の・ようなもの』にものすごい衝撃を受けて彼の虜になったのである。

そして、その『の・ようなもの』の前々作に『水蒸気急行』という作品がある。僕も後に PFF のイベントで観たのだが、電車と風景しか出てこないのに、音と編集が加わることによって仰天の面白さであった。そこからも森田がある程度の(今で言う)鉄ちゃんであることが分かる。

そう、『僕達急行』に出てくる日向みどり(村川絵梨)の台詞を借りれば、鉄道が「少し好き」なのだと思う。

そして、この映画も鉄ちゃんの映画である。一口に鉄ちゃんと言っても「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」、時刻表マニアに駅弁マニアと非常に多岐に亘っている。

この映画の2人の主人公の場合、小玉(瑛太)は鉄工所の倅で、そのため鉄そのものとメカに興味があり、デベロッパーに務めている小町(松山ケンイチ)は車窓から風景を見ながら音楽を聴くのが好きという設定であるが、他にもいろんなタイプの鉄ちゃんが出てくる。

そして、こういうオタクっぽい男子は女子にもてない。いや、この映画の場合はカッコイイ男優2人が演じているわけで、もてないわけではない。でも、結局は振られる(笑)。小玉に絡むのがあやめ(松平千里)、小町に絡むのがあずさ(貫地谷しほり)である。そして、小町の同僚で、小町のことが「少し好き」なのが前述のみどりなのである。

この「少し好き」というニュアンスが面白いのだが、それで思い出すのは『の・ようなもの』につけられていたキャッチフレーズである「ニュアンス映画」という表現である。そう、森田芳光はちっとも変わっていないのである。

トンネルの画から始まったこの映画は、人と人がちょっと変な間を置いて喋っている。今の人の喋り方とはちょっと違うような気がする。なんか、ちょうど昭和30年代から40年代にかけて日本の映画会社が競って撮った喜劇映画みたいな微妙なテンポだと思った。そう、昭和な感じ。

で、とは言え、僕もその辺の映画はろくに観たことがないので、具体的に「あの映画みたい」という風に指摘できなかったのだが、後でパンフを読んだら、出演者のひとりである西岡徳馬が、「初めて台本を読んだ時から(森繁久彌の)『社長シリーズ』を感じていた」と言っている。そう、そんな感じなのである。

この映画における西岡徳馬自身は割とフツーの喋り方なのだが、若い役者たちが妙な間で喋るのがなんだかおかしいのである。

もちろんこれは狙って演出したものである。貫地谷しほりも言っている。「監督に言われて、意味もわからず一歩立ち止まったら、ヘンな間ができて、そんなふうに、あ、これが欲しかったんだ、っていうシーンがたくさんあります」。

音も面白い。あずさが眼鏡を掛け替えるのに合せて聞こえる、バーテンダーがカクテルを作る音。あるいは、実際に音が鳴るはずがないのに、早登野(伊武雅刀)がサッカーのキックの真似をするたびに、あるいは小玉が小町に手を振るたびに聞こえる擬音、等々。

そして、クライマックスを迎える駒鳴駅の見事な風景と色彩。

この映画は「喜劇」に分類されるのかもしれないが、ガハハと笑う映画ではない。にんまりと笑ってしんみりと振り返る映画である。昭和の映画みたいなちょっと「できすぎ」のストーリーに、不覚にも心温まってしまう映画なのである。

この映画は賞は獲らないだろう。森田芳光の最高傑作と言われることもないだろう。しかし、歴史が森田芳光を検証しようとする時、これは決して触れずに通り過ぎることができない、とてもとても意味のある作品になると思う。本当に森田芳光らしい、森田の遺作にふさわしい映画だと思った。

僕の隣に、見るからに鉄ちゃんっぽいオタク風の少年が2人座っていた。電車や駅が出てくるたびに2人でコソコソ言い合ってて気になって仕方がなかったのだが、その彼らが、映画が終わった瞬間にこう言い合っていた。

「面白かったなあ」
「観に来てよかったよ」
「ええ話やったなあ」

僕はこれを聞いて、小躍りするくらい嬉しい気持ちになった。

そう、森田芳光は最後の映画まで一貫してヘンな奴の味方だった。ソープランドに童貞を捨てに行った新米落語家・志ん魚に対しても、型破りの家庭教師に対しても、バブルに塗れた平成の色男に対しても、オタクの兄弟に対しても、刀よりそろばんが得意な侍に対しても。

ポルノ映画もアイドル映画も文芸作品も時代劇も撮った。しかし、なかんずく彼の突出した才能を感じさせるのはオリジナル脚本である。

最後のこのオリジナル脚本に、僕はやはり深い深い感慨を覚えた。森田芳光はいつも僕の背中を押してくれた。これも何度も何度も書いているけど、『の・ようなもの』で僕が痺れた志ん魚の台詞「メジャーなんて、目じゃあないっすよ!」がまた甦ってきた。

その台詞を吐いた志ん魚を演じた伊藤克信が、その後の森田作品同様、今回もマンションの大家というチョイ役で出演していた。今回ばかりは涙が出そうになった。

しっかりメジャーな監督になっても、森田芳光はずっと同じことを言い続けている気がする。「メジャーなんて、目じゃあないっすよ!」──ありがとう、森田芳光監督。

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