『舟を編む』三浦しをん(書評)
【2月2日特記】 僕は三浦しをんのことはあまりよく知らない。何しろ『風が強く吹いている』一作しか読んでいないのだから(まあ、映画で『まほろ駅前多田便利軒』は観たが…)。
ただ、その一作から受けた印象は、「設定と筋運びの人」であって、あまり言葉そのものに切れのある人ではなかった。その人が辞書編纂者を扱った小説を書くというのがなんとも面白そうで取り寄せたのである。
ただ、読む前に想像したような、言葉や辞書の非常に深い薀蓄に分け入って組み立てた文章ではなく、やはりここでも彼女は設定と筋運びの人だった。
主人公は馬締光也という、名前の通り真面目な、しかし、どう見ても冴えない出版社勤務の男である。むしろ変人である。他の作家が書いたなら、多分このまじめ君の性格や行いを思いっきりデフォルメした上で、誰も知らないような語彙や語釈を繰り広げて、とりあえず読者をあっと言わせながらストーリーを進めて行くだろう。
しかし、三浦しをんには全然そういうケレン味がない。淡々と進む。
いや、もちろん山も谷もある。だが、テーマは人間の暖かさみたいなところからあまりぶれずに展開する。辞書は完成に向かってのろのろと進んで行く。奥手のまじめ君は理想の女性としっかりと結ばれる。
この辺、話がうますぎるのではないかという気がするのだが、軽薄な西岡という登場人物と比較しながら、まじめ君のような、こういう男こそが女性の愛を勝ち得るのだと言われると(言っているのが女流作家であるということもあって)、はあ、そんなもんなのかなあと納得させられてしまう。
最初から最後まで、そういう良いお話なのである。僕としてはもう少し難易度の高い言葉遊びを見せてほしかったのだが、しかし、こういう何の衒いもない良いお話には敵わない気がしてくるから不思議である。
そんな中で「舟を編む」というタイトルが秀逸である。この小説においては、言葉で遊ぶのはこのタイトルだけで充分なのかもしれない。
まさに編むように書かれた小説である。そして、読み終わったら、大海に漕ぎ出す勇気が湧いてくる小説である。
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