西暦2012年の孔子のように
【1月29日特記】 今日、見知らぬ女性から facebook の「友達」申請をもらった。
僕はむやみに「友達」関係は取り結ばないことにしている。実生活かソーシャル空間のいずれかでこれまでつきあいのあった人でなければ、申請をいただいても拒否させてもらうことにしている。それで今回もまさに「保留」ボタンを押そうとした瞬間に気づいた。
待てよ、この名前には記憶がある。
苗字は聞いたことがない。ただ、この名前には見覚えがある。音としては珍しい名前ではない。ただ、この漢字の組み合わせはそんなに多くない。
写真は、最初に見たのが iPhone のアプリからだったので、サイズが小さく、しかもその狭い四角の中に2人の人間が写っているので、なおさら識別がつかなかった。
だが、よく見たら彼女である。PCのブラウザからもう一度見直したら、間違いなく彼女である。そう、ウチの会社で業務委託で働いてくれていた彼女である。苗字が変わっているのは盲点だった。
で、つまり、それが彼女であるということは、その隣に写っているのは彼女の子供であるということだ。そうか、彼女は結婚してウチの会社を去って行った。それが今ではママなのか! だから2ショットなのか!
2500年ほど前、孔子は「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」と言った。
今もし孔子が生きていたなら、彼はやっぱり道を説きながら諸国を行脚するのだろうか? それとも例えば twitter や facebook の「ノート」などを駆使して彼の思想を広めて行くのだろうか?
それは解らない。でもきっとこう言うと思う。「朋有り遠方より申請来たる、亦た楽しからずや」と。
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