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Wednesday, December 14, 2011

長回し考

【12月14日特記】 一昨昨日、『ステキな金縛り』の映画評を書き終わってからパンフレットを読んだら、

『ステキな金縛り』は三谷作品の代名詞である“ワンシーンワンカット”を多用せず、代わりに積極的に“カットを割る”ことにチャレンジしている。

と書いてある。あ、そうか、三谷幸喜の“ひたすら喋ってる役者を追い回すカメラワーク”も“ワンシーンワンカット”のうちなのか、と思う。確かに、カットが変わってないからワンシーンワンカットであるには違いない。

しかし、「長回しと言えば三谷幸喜監督」などと思う人もやっぱりいるのだろうか? このパンフの書きっぷりからすると多分いるのだろう。

だが、多くの邦画ファンにとっては、多分、長回しと言えば相米慎二監督なのではないだろうか。もちろん、もっと古い映画を別とすればということなのだが。

相米作品では、例えば『ションベン・ライダー』とか『雪の断章 情熱』とか、印象的な長回しのシーンがある映画がいっぱいある。中でも『台風クラブ』の中で、職員室と廊下を行き来して暴れる中学生の蹴破ったドアの穴をカメラが通過するシーンなどは忘れられないワンシーンワンカットである。

もうちょっと最近だと、廣木隆一監督も割合長回しを使う監督だ。この人は意図的に引いた構図を多用する監督で、大きな画面のいろんな位置に小さな人物を配して、その動きや会話を引いたまま捉えたりする。それがものすごく効果的だと僕は思う。

あるいは、『人のセックスを笑うな』で、「カメラを動かすのはあまり得意ではない」と言う井口奈己監督が作った画──並走する自転車とカメラが同じスピードではなくて、自転車がフレームインして、フレームアウトしてまたフレームインするというような面白い構図もあった。

言わばフレームの外側まで巧く使った構図なのであって、そういう試みは廣木監督もよくやっている。そんなところまで考えると、ワンシーンワンカットにもいろんなパタンがあることが分かる。

あるいは小細工せずに歩きながら会話する2人をずっと追っているだけの構図もある。こういう落ち着いた構図で、役者にしっかり芝居をさせることで、観客は2人の登場人物にしっかり集中できたりもするのである。いたずらに喋ってる役者を追ってカメラが動きまわったりすると観ているほうが落ち着かないのである。

もちろん、動きまわって面白い構図もある。例えば長澤雅彦監督が『夜のピクニック』の初めの校庭のシーンでやった、生徒たちが複雑に動きまわる長回しなどは秀逸で、これはひょっとすると相米監督の『ションベン・ライダー』での校庭のワンシーンワンカットを踏まえているのではないかと思ったりもする。

あるいは柳町光男監督の『カミュなんて知らない』の冒頭の、どんどん人物が入れ替わる、長い長い複雑なワンカットも凄い。しかも、このシーンでは登場人物の学生たちが長回しで有名な映画をあげつらっているのである。こういう遊びをやられると、いやはや全く脱帽である。

こうやって、いろいろ振り返ってみると、長回しとかワンシーンワンカットとか言われる手法が如何に多様で深いかということがよく解る。ほかにももっといろんな例があるだろう。

いやあ、映画って本当に楽しいと思う。

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