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Thursday, November 17, 2011

決めてある

【11月17日更新】 航空機の出発時刻は車輪が動き出して機体が駐機場を離れる瞬間で、到着時刻は着陸して駐機場に入り車輪が止まる瞬間である、というのはひとつのトリビアである。

僕は何年も前に何かで読んで知っていたのだが、何ヶ月か前にもテレビのクイズ番組の問題になっていた。

ところで、これはつい先日知ったのだが、乗客が携帯電話等の電源を切らなければならないのは、離陸前の航空機の扉が閉められた瞬間からであり、着陸して扉が開いた瞬間からは再び電源を入れて良いのだそうである。

こういうのは誰が決めるのだろう? 誰だか知らないが、ともかく誰かがきちっと決めているということだ。いや、決めているのが誰なのかということではなく、ともかくきっちり定義してあるということがポイントなのである。

日常生活において何かを定義しようとすると、とかく「またそんな堅いこと」「そんなこと別に決めなくても」などと言われることが多い。しかし、きっちり定義してあるからこそ勝手な解釈もなくバラツキも小さく、全てが粛々と運営されるのである。

かの秦の始皇帝も豊臣秀吉も、天下統一に際して度量衡の統一を図ったのではなかったか。

最初に定義ありき──そういうのを僕はとても気持ち良く思う。

もちろん、8:30 伊丹発羽田行きの JAL 機は 8:30:00 ジャストに車輪を動かさないとパイロットが大目玉を食らうわけではない。それを運用でどこまで緩めるかは別の問題なのである。

近年の流行として「ゆるい」ものが好まれている。しかし、「ゆるい」=「定義しない」ということではないのである。

誰も知らないけれどちゃーんと決めてあるって素敵なことだと思う。今日飛行機に乗ってふとそんなことを考えた。

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