映画『モテキ』
【9月23日特記】 映画『モテキ』を観てきた。
まず驚いたのは小中学生の観客が少なからずいたこと。僕のほうが間違って違う番号のシアターに入ったのではないかと心配になったほどだ。
小学生は親が連れてきているケースが多いのだが、果たしてこれは子供に見せる映画だろうか?
いや、31歳、恋愛ヘタレの草食系男子が、好きな人とセックスしたくてのた打ち回る映画だから、子供に見せるのは如何なものか、と言うのではない。そもそもこの映画の面白さと言うか、深みと言うかは、小学生には解らんだろう、と思うのである。
また、基本的に男の子目線の映画であるから、女子中学生にもちょっとしんどいかなあと思う。いや、もっと言えば、男女を問わず、十代の諸君にはまだ少し早いかな、という大人の映画なのである。
久保ミツロウによるコミックスについては、僕は全く知らなかった。そのコミックスが2010年にテレビ東京でドラマ化されると発表になった途端に、twitter を中心に周りが大騒ぎしていたので、興味を抱いて僕も観てみた。そして、完全に嵌ってしまったのである。
TVドラマのほうは、原作に基づいて、主人公の藤本幸世(森山未來)と土井亜紀(野波麻帆)、中柴いつか(満島ひかり)、小宮山夏樹(松本莉緒)、林田尚子(菊地凛子)の4人の女性を巡る物語になっていた。
今回の映画化はオリジナル・ストーリーで、前の4人に代わって長澤まさみ、麻生久美子、仲里依紗、真木よう子の4人が登場する。
僕はこれを聞いて、どうかな、と思ったのである。
あの当時のTV版の4女優のバリューと今回の映画版の4女優のバリューを比べると、もちろん今回のほうが上である。しかし、それ故に僕は心配になったのである。
何と言っても、この映画のストーリーとテーストを規定するのに一役買っているのはサブカル的な要素である。かなりメジャー感のある4女優を並べてしまって、このサブカル感が保てるのかどうかが心配だったのである。
しかし、それは杞憂だった。いやもう、これは絶品である──このセンス、この音楽、この情けなさ!
当然TVドラマより映画のほうが尺が短いので、ここでは4人を均等に配するのではなく、本命・松尾みゆき(長澤まさみ)に絞って、あくまで長澤まさみを中心に話を進めている。これが大成功である。んで、その長澤まさみがめちゃめちゃ可愛い。
僕は常々、映画においては女優を綺麗に、あるいは可愛く撮るというのはとても大きなポイントだと思っているのだが、大根仁監督はまさにそこに心血を注いでいる。
一世一代のモテキが終わり、落ち込みからも回復して、藤本幸世は出版社の正社員となった。偶然にもそこの社長は墨田さん(リリー・フランキー)である。その幸世の前に、彼にとってはドンピシャのタイプのみゆきが現れる。しかし、彼女は男と一緒に暮らしているのである。
幸世はすぐにいつもの幸世らしく「僕なんか彼女とつきあうようなレベルに達していない。その男に勝てっこない」と思ってしまう。その男は映画後半にならないと登場しないのだが、これを演じているのが金子ノブアキで、まさにどっから見ても幸世には太刀打ちできない感が面白いほど出ている。
ところが、彼がいるというのにみゆきは何だか幸世に優しい。これもいつもの悪い癖で、幸世は「脈があるかも」とひとり合点してしまうのである。そこに、みゆきの友だちのるみ子(麻生久美子)が絡んでくる。こちらは幸世に思いを寄せてくれるのだが、なんとも恋愛下手な女で、重くて仕方がない。
──そんな話である。で、知っている人には今さら言うまでもないが、この幸世がどうしようもなくヘタレのくせに妄想だけは一人前で、でも押すところでは押せず、諦めるところでは引けず、もう何とも情けないどうしようもない男なのである。
しかし、そんな男なのに、僕ら観客は幸世を見下せないのである。それは幸世は自分の中にもいるからなのである。そこが切ないのである。その切ない感じがとってもよく出ている。
いろいろ遊びながらポップな作りになっているが、肝心なところでは長回しで役者の芝居をしっかり見せてくれていたりもして、観客の心を逸らせない。
そして、この音楽。この選曲のセンスは本当に尊敬、いや驚嘆に値する。知っている曲も知らない曲も、出てくる曲出てくる曲みんな良い。
バックで流れる、突然ミュージカルになる(なんとパフュームも共演!)、フェスやライブのシーンがある、そしてカラオケのシーンで役者自身が歌う──歌がストーリーと、芝居と、完全に融け合っている。
ただ、曲が流れるだけではなく、例えば B'z については幸世が「B'z なんか全然好きじゃなかったけど、歌うと気持ちいいなあ」と言い、るみ子はジュディマリ好きだけれどソロYUKI は聴かないのに対して幸世はソロYUKI は好きだけどジュディマリは聴かずに来たと言うなど、台詞になってもセンスがキラリと光っている。
オープニングは例によってフジファブリックの『夜明けのBEAT』、エンディングは何と、スチャダラパー featuring 小沢健二ではなく featuring 藤本幸世による『今夜はブギー・バック』である。
ああ、このセンス。そして、この痛々しさ、やるせなさ。
出版社の先輩である唐木素子(真木よう子)が幸世に言う:
だからってオメーはどうすんだよ。今からボクシング習うのかよ。ボーイズ・オン・ザ・ランすんのかよ。
──この台詞にもしびれた。ここにボーイズ・オン・ザ・ランが出てくる的確さを一体どう表現すれば良いのだろう。
繰り返して書くが、これはもう絶品である。
ただし、TV版を見ていない人にとっては、登場人物の人間関係がよく分からないまま進んでしまうかもしれない。
それから、twitter をやっていない人には面白さが半減、とまでは言わないが、何故他の客が笑っているのかピンと来ないところが何箇所かあると思う。これはそんな感じのサブカル映画なのである。
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