映画『ラビット・ホラー3D』
【9月18日特記】 映画『ラビット・ホラー3D』を観てきた。僕は別にホラーを見ないと決めているわけではないが、結果的にはごくたまにしか観ていない。今回もホラーに惹かれたのではなく、満島ひかりが目当てだった。
ただ、清水崇と言えば今や日本を代表するホラー監督と言って良い人である。だから、さすがにちょっと怖くて腰が引けた。予告編もかなり怖かったし、満島ひかりが主演であるということが背中を押してくれたのである。そうでなければ観に行っていなかったかもしれない。
しかし、全編を見終わってみると、意外にもそんなに怖くはなかった。むしろ映画としての美しさに感心してしまった。
美しさと言う意味は、ひとつには映像美である。撮影監督にクリストファー・ドイルという名前がクレジットされている。調べてみると、僕の知っているところでは『天使の涙』や『花様年華』を撮った人である。
パンフを読むと、この撮影監督がかなりの凝り性で、監督としてはその暴走を止めるために苦労した面もあったけれど、全面的に彼のアイデアを取り入れたところも少なくないと認めている。ともかく美しい構図、そして、美しい色彩、そして凝った色調。──スプラッタの部分も含めて、とても綺麗な映像芸術になっている。
そして、それに加えて 3D である。レイヤー構造になっていて、ちょっと酔いそうになるタイプの 3D だ。色のついていないゴーグルを掛けて観る。眼鏡を外して見てみると、大きくずれた2重映像だった。特徴としては「飛び出す」こと。主人公キリコ(満島ひかり)の父親(香川照之)の職業が飛び出す絵本作家であることとシンクロさせてある。
美しさの2点目はストーリーの進行である。脚本は林壮太郎・保坂大輔・清水崇の連名になっている。
これは一分の隙もなく見事に組み立てられたお話である。観ていて「どうしてそうなんだろう?」とか「それはいくらなんでもおかしいだろ?」と思ったことが、全て最後には「そういうことだったのか!」と繋がってくる。本当にきれいにまとまってくる。
僕は清水崇という監督はもっと怖がらせることに集中した、悪く言えば怖がらせることに汲々とした人だと勝手に思い込んでいたのであるが、物語のダイナミズムを理解して、こんなにきれいにまとめこんできたところにとても好感を覚えた。
ただし、きれいと言っても血が流れないとか肉片が飛ばないというようなことではない。これはやっぱりホラーなのである。なにしろ冒頭はウサギ殺しのシーンである。
小学生の大悟(澁谷武尊)が学校で飼っているウサギに石だかブロックだかをぶつけて殺そうとしているところに、同じ小学校の図書室に勤務している姉・キリコが止めに入ろうとするが間に合わず、姉弟そろって大量の返り血を浴びる。この辺はとても怖い。
キリコと大悟は腹違いだがとても仲の良い姉弟である。2人の母はいずれもすでに死んでいる。キリコは少女時代のある日から声を失ってしまって喋ることができない。
ウサギを殺した翌日に見た 3D 映画から飛び出してきたウサギのぬいぐるみを大悟が受け取ってしまって以来、毎夜ウサギの着ぐるみの人物が大悟の前に現れて、夜な夜な悪夢の中に引っ張り込む。不意に現れて手や足を掴んで異空間に引きずり込むのである。
大悟は姉に助けを求め、眠っていた姉は飛び起きて弟を探しに行く。
巧みに仕掛けられた設定と速い展開で、観客の気を全く逸らせない。観客を騙し、観客の予測を外すテクニックも相当なものである。
なぜ、ウサギなのかということとか、父親が今作っている絵本が『人魚姫』であることとか、いろんなことが繋がってくる。何気ない台詞に意味があったことが後から判る。
もちろん、血とか髪の毛とかガラスとか、そういう小道具による怖がらせ方も一級である。街なかをウサギの着ぐるみが闊歩しているシュールさも却って身の毛がよだつ。そして、なんとも言えない結末が来る(書けないけど)。
さらに、見終わったあとも次々といろんなことに気づいたり、自分なりに新たな解釈を思いついたり、どこまでも引っ張ってくれる。この辺りがとても深い。単に大きな音を出したり血を飛ばしまくったりして怖がらせる監督ではないということが本当によく解った。
台詞のない難しい役柄だったが、さまざまな感情を見事に表出した満島ひかりを褒めたい(監督は「動物的」と評している)。そして、満島ひかりのみならず、その少女時代を演じた田辺桃子も良かった。他に大悟の母役で緒川たまき、精神科の医者役で大森南朋など。
1時間半に満たない短い作品だが、これは意外に深い。観るだけの価値はある、と言うか、見た後にいろんなことを確かめたくてもう一度観たくなる映画である。
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