映画『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』
【8月13日特記】 映画『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』を観てきた。『シャンバラを往く者』に次ぐ、ハガレン2本目の映画
これは『鋼の錬金術師』『鋼の錬金術師FA』の続編でも後日談でもなく、さりとてスピンアウトと称するほど中心を外した物語でもなく、言わば外伝である。
そして、なんと脚本は『ホワイトアウト』などで有名な真保裕一なのである。ハガレンと真保が一体どういう経緯で結びついたのだろうと不思議に思っていたのだが、聞けば真保はもともとアニメ業界にいた人で、文芸担当から演出、脚本までいろんな仕事をこなしてきたらしい。
その真保自身がパンフで語っているように、10年のアニメ制作の経験を活かし、自らもハガレンのファンとして、ハガレンの世界観を守り、そしてミステリ作家としての矜持を示したのがこの脚本である。
よくもまあこんな込み入った設定を考えたなあという作りで、しかも蒔いた謎はちゃんと最後に刈り取る手際の良さもある。
ただ、どうしようもないこととは言え、やっぱり原作やテレビアニメのあの深遠な世界には届かない。原作はもう終わっているのだから、仕方がないと言えば仕方がない。ただ、やっぱりあの高みには届き得ないのかという残念さはある。
この映画は言うまでもなく、原作の漫画の熱心な読者やテレビアニメを欠かさず観ていたファンを観客として想定している。だから何も知らずに初めて観に来た人に丁寧に説明する気がない。それはそれで全く構わない。
だから、そもそも錬金術師(あるいは国家錬金術師)とは何なのかとか、エドは何故オートメイルをつけていてアルは何故がらんどうの鎧なのかとか、錬金術における等価交換とか、賢者の石の秘密は何なのかとか、真理の門のところで人は何を見るのかというようなことを詳しく説明していない。観客はそういうことを事前に知っているというのが大前提なのだ。
だからこそ、そういう説明に時間を取られることなく、本線のストーリー展開にじっくり時間を裂けるのだが、しかし、そういうことの説明がないことによって、却ってそれらの設定が「軽く」なってしまっている感じがするのである。
観客に対して少しくどくなっても良いから、過去素材の使い回しでも良いから、そういう基本的な成り立ちを、ある程度ものものしく語ったほうが話に重みが出たのではないかと僕は思った。
いや、それをやるべきであったと言うつもりはない。それをやり始めるとテンポも落ちるし、尺がいくらあっても足りなくなるだろう。ただ、それをやらないとどうしてもこういう傾向が出てしまうというのも避けられない面だと感じたので指摘してみたまでである。
それから、今回はアメストリス国ではなく、アメストリスの西面の強国クレタと、そのクレタに併合されてしまったミロスの民、そして彼らが暮らす深い谷が舞台となっている。このことによって、アメストリスにとっては多少「他人ごと」感が出てしまったのも、物語を少し軽くしてしまった要因ではないかと思う。
この長い物語の中では、アメストリスという国は決して理想郷ではなく、他国をねじ伏せて領土拡大をしてきた軍事国家であり、かつては何万人もの他国の民を虐殺した経験を持っている。すなわちこの国家自体がそういう忸怩たる悩みを抱えた存在であるという構造が面白かったのである。
今回はそこからフリーになってしまって、そういう意味でもまた少し重みが失われたような気がするのである。
とは言うものの、その2つ(説明しないことの軽さ、アメストリスから離れたことによる軽さ)を別とすれば、大変よく書けた脚本だと思った。
原作に出てくるキャラを総結集させて全く別のエピソードを作ろうとしなかったのも良かった。そういうことをすると、一方では至れり尽くせりのファン・サービスにはなるが、他方で途端に嘘っぽいものになってしまっていただろう。ちょっと気になったのはキメラが強すぎることくらいかな(笑)
この作家ならではのオリジナリティ溢れる新しいアイデアもあり、例えば立体の錬成陣なんて画期的ではないか。画としても見ごたえのある良いものを思いついたものだと感心した。そして、FAにおいてアメストリスの錬金術がシン国では錬丹術になったように、賢者の石がミロスでは「鮮血の星」である。こういう細かい設定にファンは嵌るものなのである。
画自体は、線は太いのに粗雑な感じはない。そして何よりも立体感溢れる構図が次々と出てくる。世間では猫も杓子も3Dだが、2Dアニメでここまでの立体感を出せるのである。奥行きがある。対決シーンではキャラクターの速い動きにあわせて、構図の素早い転換がある。飽きない。
もちろんファンであればあるほど、それぞれ物足りなく思った点はあっただろう。しかし、テレビシリーズは30分×50~60話をかけて積み上げていったものである。まあ2時間程度でできることってこんなものではないだろうか。
客席を見渡してみると、この手の他のアニメ作品と比べて圧倒的に女性が多い。この辺りがこの企画の懐の深さを物語っているのではないだろうか。
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