映画『あぜ道のダンディ』
【7月3日特記】 映画『あぜ道のダンディ』を観てきた。商業映画デビュー作となった前作『川の底からこんちには』で一躍名を馳せた、と言うよりも、その後主演の満島ひかりと電撃結婚して、満島ひかりファンを奈落の底に突き落とした石井裕也監督である。
僕は前作に続いて2本目だが、今回も見ながら思ったことは、ああ、この監督は会話劇の人なんだなあ、ということである。『川の底から~』もそうだったが、画よりも設定よりも、台詞で引っ張る、と言うより、台詞でゴロゴロ転がして行く監督である。
今作も石井監督自身の筆による脚本なのだが、20代の監督にはさぞかしチャレンジ感があったのではないかと思われる中年男たちをテーマとした話である。自分とはかけ離れた世代、それもだいぶ上の世代をテーマとしたことで、前作と違って主人公に対する過酷さがなりを潜め、とても優しい映画になったと思う。
場所は前橋。出てくるのは2人のオヤジ。中学時代からの親友(一緒にいてカツアゲされた経験とその屈辱から、ともに強くなることを誓った間柄だ)の宮田(光石研)と真田(田口トモロヲ)。女性に持てるちょい悪オヤジなどではなく、単に若さを失ってしまった悲哀に満ちた、カッコ悪いオヤジである。
宮田は妻(西田尚美)を若くして亡くし、男手ひとつで子供たちを育てた。息子の俊也(森岡龍)は浪人して、娘の桃子(吉永淳)はストレートで、この春ともに東京の大学に合格した。だが、子供たちは宮田とろくに口を利いてもくれない。
宮田は宮田で勤務先の運送屋は安月給だし、見栄で買った一戸建てのローンも相当残っていて、つまりはいっぺんに2人の子を私立に入れるほどの金がなく、おまけに最近胃に異常を感じるようになり、自分は亡き妻と同じガンに罹ったと信じている。
真田のほうは、会社を辞めて7年間介護してきた父親が死に、漸く心の重荷も取れ、遺産も入って裕福になったが、2度の流産で妻との間には子どもがなく、その妻も真田が父親を介護している間に逃げてしまった。
カッコばかりつけて身勝手で、肝心なところで弱気になったりする宮田に対して、お人好しで腰が軽く、宮田を兄貴分と慕っている真田の発想や行動パタンが対照的で、だからこそその台詞のやりとりが面白い。
何度も同じ言葉を繰り返させたり、「大志を持って飛び立て、メス豚」みたいな、どっから持ってきたのかその発想は?と言いたくなるような斬新な台詞があったり、ともかくそのやり取りが面白い。役者たちも上手く間をとったり、タイミングを外したりしてこの脚本の面白さを十全に表現していると思った。
ただ、冒頭にも少し書いたが、優しいテーストの映画になっているため、あの『川の底からこんちには』のような毒や刺が消えてしまっているところが映画を少し弱くしている感がある。
終盤の「兎のダンス」のシーンが『川の底から~』の社歌に当たるわけで、そういう楽しい度肝の抜き方は健在ではあるが、あのひたすらに強烈なインパクトはない。
そもそも描かれているのが、一見断絶した親子のようでありながら、実はとても関係の良い、まるで絵に描いたような、いや実際のところ絵にも描けないような理想的な家族像なのである。これをすんなりと受け入れて温かい心になれるか、あるいは絵空事と見てしまうかがこの映画の評価の分かれ目だろう。
ちなみに僕の斜め後ろで観ていた若い女性2人組は、映画館から出てきた途端に、「しかし、なんと愛すべき人たちなんだろう!」と楽しそうに語っていた。僕も同感である。観客は少なかったが上映中そこかしこで朗らかな笑い声が聞こえたのも事実である。
ただ、画の撮り方としては、前作に引き続いて、あんまり凝る気もないのか、それほど面白くない。喋っている役者を追ってカメラが短く切り替わっていくようなカットが多い。
ただし、居酒屋での宮田と真田の最後のシーンでは、ここぞ見せ場とばかりの長回しがあった。
いつものように、いつもの席に先に座って待っている真田、そこへ宮田が到着して座る。そのシーンは宮田の左斜め後ろから、こっちを向いた真田と横顔がかろうじて見える宮田の後ろ姿を捉えている。そこからカメラはゆっくりゆっくり左に回ってくる。そして、クライマックスの宮田が泣きながら喋るところでは、宮田の表情を、真正面からではない(ずっと真田との2ショットである点は維持しているので)にしても、完全に捉える位置にまで来ている。
ああ、こういう演出もするのか!という感じだった。そして、そんなことを考えながらも、僕は見事に監督の術中に嵌って、このシーンに見入ってしまった。
石井裕也という人は人間の「おかしさ」と言うよりも「おかしみ」を上手く捉える人である。靴下とか帽子とかプリクラとか、小道具の絡ませ方も非常に技巧的で、こういう脚本を書ける人はそうそういないのではないかと思う。
真田が俊也に「きみの親父はダンディなんだよ」と語るところなんか、思わず目頭が熱くなってしまった。
次回作は仲里依紗主演の『ハラがコレなんで』、今秋公開だそうである。こちらもますます楽しみである。早くも待ちきれない気持ちになってきた。
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