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Saturday, July 16, 2011

映画『大鹿村騒動記』

【7月16日特記】  映画『大鹿村騒動記』を観てきた。阪本順治監督が長年世話になった原田芳雄を主演に据えて撮った映画。原田からの提案で長野県の大鹿村に300年以上続く大鹿歌舞伎を題材に、村人たちの悲喜こもごもを描いた物語である。

300年続くと言っても、別に重要無形文化財とか人間国宝とか、本来そういう権威主義的なものとは何の関係もないものである。村人が運営し、出演し、観賞する──ま、平たく言えば村祭りである。しかし、逆に言えば、村祭りと称するにはあまりにもレベルの高いものらしく、そもそもは原田が別のドラマのロケでこれを見て痛く感激したのが発端だとか。

映画では、その村人たちに扮した原田芳雄や石橋蓮司、でんでん、小倉一郎らによる大鹿歌舞伎が、劇中劇としてかなりの時間を割いて披露されている。僕は歌舞伎のことなんかさっぱりわからないが、この演目自体が他にはない独自色溢れるものらしく、観ていてもなんだか悠揚迫らざると言うか、逆に鬼気迫ると言うか、よくは解らないけど妙に惹かれるものがあった。

脚本は荒井晴彦と阪本監督の共同。カメラは笠松則通。こんな日本の片田舎を舞台に、しかも歌舞伎という純日本的な題材を扱った映画なのに、展開や風景にものすごくヨーロッパっぽい印象がある。これは一体なんでだろ?と映画を観ている間ずっと考えてしまった。不思議な映像だった。

主人公の善(原田芳雄)は長年大鹿歌舞伎『六千両後日文章重忠館の段』で主役の重忠を演ずる花形役者。普段は鹿料理などを出す食堂の店主である。

そこに、18年前に善の女房・貴子(大楠道代)と駆け落ちしたかつての親友・治(岸部一徳)が貴子を連れて帰ってくる。そして、貴子は認知症になって治のことも分からなくなり、「善さん」などと呼びかけるようになったので、貴子を返す、などと虫の良いことを言う。

この辺りは、コメディとして本当に練りに練った、非常に凝った設定である。しかも、貴子もかつては大鹿歌舞伎で忠重の妻・道柴役をずっと演じていた看板女優だったのである。このことも後のストーリーで活きてくる。

ともかく原田芳雄、岸部一徳、大楠道代を筆頭に、貴子の父親役の三國連太郎とか石橋蓮司とか、それぞれがめちゃくちゃに巧い。間の取り方が名人芸なのである。だから、他の役者が言ったのなら多分笑いは取れなかっただろうと思われるところで場内に笑いが漏れる。

その名人芸を活かすためか、長めのカットであまり途切れることなく役者に自由自在に演じさせているシーンが多い。ひとえにそういう狙いなのかと思ったら、パンフによると、たった2週間で全てを撮り切る超過密スケジュールであったらしく、そのためにテストもリテイクもなるべく少なくしたとのこと。

カットの少なさも恐らく同じ理由だろうが、しかし、そういう事情故に却って役者の乗りは良く、恐らくアドリブと思われる台詞も見事に機能して、小気味良い芝居になっている。

で、過疎の村の話だから出てくるのは老人ばかりかと思いきや、そこにはバスの運転手の一平(佐藤浩市)とか、村役場の総務課に勤める美江(松たか子)とか、郵便配達人の寛治(瑛太)とか、東京から逃げてきた性同一性障害者の雷音(冨浦智嗣)とか、結構若い人も絡ませて、好いた惚れたの話もあれば、リニアモーターカーの駅誘致を巡る対立とか、いろんなエピソードを仕込んである。

ところがこの映画を見に来ている客を見渡すと、なんと間違いなく僕ら夫婦が「若手」に分類されるであろう年寄りオンパレードである。となりの爺さんが画面見ていちいち「あ、三國連太郎や」「きれいなあ、これ、どこやろ」「ははあ、見るなっちゅうこっちゃな」などとうるさくてかなわなかったのは別として、もう少し若い人たちにも見てほしい映画である。

テーマは確かにオジン臭いのだが、若い人が見ても充分楽しめるし共感も得られる、良い映画であると思った。

阪本監督はパンフでのインタビューにこんな風に答えている:

たしかに主人公は小さな村で小さな食堂を営む初老のオヤジにすぎない。でも決して小市民ではありません。むしろ、どこか常識をものともしないような太々しさを感じさせる。要するに、サングラスとテンガロンハットを身につけた“カブキ者”なんです(笑)。最近の日本映画はともすれば、「こういう人っているよね」というリアリズムに傾きがちですが、僕はそれだけじゃ詰まらないと思う。やっぱり登場人物そのものが事件であってくれないと、お金を払って観る気にならないでしょう。ただそれを「不良性=裏社会」みたいな図式ではなく、あえて小さな村を舞台にやってみたかった。

僕はこれを読んで、ますますこの映画は成功だと思った。だって、本当にこの通りに撮れている映画なんだもの。原田芳雄って中年の頃からずっと存在自体が事件っぽい、カッコいいオヤジだった。かなり年を取ってしまったとは言え、そのカッコよさの集大成がこの映画であるような気がする。

阪本順治の映画を映画館で観るのは1992年の『王手』から数えて7本目。今までは彼のベストは2007年の『魂萌え!』だと思っていたのだが、ひょっとしたらこの映画かもしれないという気がしている。

『魂萌え!』はひたすら怖い映画だったが、この映画はもう少しずっこけている。ペーソスってこういうものを言うのではないだろうか。いや、「おかしみ」と言うべきものかもしれない。

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