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Saturday, July 02, 2011

デジタル・サイネージの本質

【7月2日特記】 会社でいろいろ話をしていると、どうもデジタル・サイネージの本質が解っていない人が多いように思う。

デジタル・サイネージは絵が動く看板ではない(それなら電光掲示板と変わらない)。あるいはテレビ用のモニターと同じようなものでもない(それなら単に一時に一本の動画が流れてくるだけだ)。

デジタル・サイネージが看板ともモニターとも違うところは、その用途に合わせた形状の多彩さにある。大きなものから小さなものまで、画面のアスペクト比に決まりはないし、分厚いものから薄いものまで、どこかに貼りつけたり巻きつけたりできるものもあるし、タッチパネルになっているものもある。

そして、中には透明なアクリル板に表示するタイプもある。つまり、それだと、普段は透明のガラス窓として使っているところに、急にいろんな情報を表示することができるのである。

そういう融通無碍な対応可能性は、従来の看板やモニターには決してなかった機能である。特にタッチパネルによる双方向性というのは単純な看板やモニターの働きからコペルニクス的に脱するものである。

そして、それ以外にも顔認識技術によるターゲティング広告、AR 技術の応用など、どんどんと新しい可能性、新しい表現が出てきている。

また、デジタル・サイネージのもうひとつの武器は、その画面を自由に分割したり統合したりして使い分けられるということである。

たとえば、放送局の受付の横に大型のデジタル・サイネージを置くとする。

そこでは画面いっぱいを使って現在放送中の番組を流しておくこともできるし、左右2分割して右半分は出資している映画のポスターを、左半分のうち上半分は開催が迫っているイベントの宣伝ビデオが流れ、下半分には天気予報の静止画を表示しておいたりもできる。あるいは16分割して、昨日の高視聴率番組ベスト16の視聴率と静止画を出しておくこともできる。

この分割統合が自由にできるのである。

そして、これを時間ごとに制御することも可能になる。

朝一番には昨日の視聴率一覧が、昼には食堂のメニューの紹介が出ているかと思ったら、「ドラマ『○×△』のオーディションをお受けになる方は15階第2会議室にお集まりください」なんて案内がオーディションの30分前から出ていたりもする。

もちろん、先に述べたように画面は分割統合自由なので、左上四分の一で館内クールビズへの協力お願い、左下四分の一で記者発表の案内、右半分でイベントのポスターを出しておいて、昼頃には左上四分の一が食堂の案内に変わり、記者発表が終わった夕方にはその部分だけが現在放送中の番組に変わるなんてことも可能になる。

この肌理細かい時間制御は、看板には真似のできないことである。

さらに、もうひとつ言えるのは、こういうことを複数のサイネージに対して実施することができるということだ。

何箇所かのサイネージに全く同じものを表示することもできれば、地区ごとに違うものを流すこともできる。一箇所に複数台並べておいて、いっぺんに出したり変えたりずらしたりして、いろんな表現に使うことも可能になるだろう。

そして最後に、デジタル・サイネージの最大の売りは、これらの制御をたった1台のPCでひとりの人間が制御できるということである。

もちろん慣れるまでは準備にかなりの時間を費やすだろうし、慣れた人でなければ操作も大変かもしれない。しかし、今までみたいにアルバイトのお姉ちゃんがポスターを張り替えに行く必要もないし、正月の飾り付けをしなければならない総務とイベントの宣伝をしたい事業が場所取り合戦をする必要もなくなるのである。

この空間軸と時間軸の両方向に拡張可能であり、それらを一元的に制御することが可能であることこそが、デジタル・サイネージが画期的であり革命的である所以なのである。

今デジタル・サイネージと言うと、なんとなく新しい流行りもので、ひょっとしたらうまく使って金儲けができるかもしれない──ウチの会社などではそんな風な漠然とした捉え方をしている人が多いと思うのだが、今までお読みいただければお解りなように、これは第一義的には金を儲ける機械ではない。

テレビは第一義的には金儲けのマシンではなく、本来表現のためのメディアである。そして、その表現に巧く組み合わせることによって、表現を実現するために費やしたお金を回収し、次なる表現を実現するための経費をも先取りできるようなシステムが後追いで完成したのである。

デジタル・サイネージも同じである。どうやって儲けるかというところから入っても答えは却々見つからないだろう。むしろ、こんな自由度の高いメディアでなんか楽しいものを流せないか──そういうところから考えるのでなければ、多分折角の多機能性と拡張性が活かせないままで終わってしまうのではないだろうかと思う。

つまり、デジタル・サイネージの革新性に今反応しなければならないのは、僕はセールス部門ではなく、プロダクション部門なのだと思う。

誰か新しもの好きの制作マンが、あるいは宣伝マンでも美術部員でも良いから、これ使うとこんな面白いことができるかも、と飛びついてくれないかな、と僕はいつも思っているのである。

デジタル・サイネージはまず表現の場所として、とても新しく、とても面白い存在である。

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Comments

うちの会社のトップは、
金儲けの道具、もしくは他業界にとられてはならないメディア
と解釈するにとどまっているようです。

yama_eighさんの文章を机の上に置いとこうかしら。

Posted by: tapioka | Monday, July 04, 2011 at 18:25

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