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Saturday, June 04, 2011

サラリーマン

【6月4日更新】 不本意な業務命令を受けたときに、「自分もサラリーマンなので従いますが」などと言う人がいる。僕はあれが大嫌いなのである。

サラリーマンであるとかないとかなんてなーんも関係ないではないか。もしも自分がサラリーマンであるという事実を持ち出すのであれば、サラリーマンである限りあらゆる業務命令に従わなければならないのは当たり前で、特定の命令に限ってどうこう言うような問題ではない。

人は、生まれ落ちた瞬間から、山に籠って隠遁生活でも送らない限り、終生どこかしら何かしらの組織の一員である。そこには守らなければならないルールや従わなければならない命令がある。

その一方で、人は本来何でも自分で自由に考えて判断して行動できる存在である。

人が何かを行うときは常にその両極端の側面に挟まれた、大きな振れ幅の中でひとつずつ決めて行くのであり、サラリーマンだから従うとか従わないとか言うような単純なものではない。

そして、その従い方にも濃淡がある。

言われたことだけをきっちり片づけるか、意を汲んで言われていないことにまで手を伸ばすか、一応言われたとおりにはするけれども、いつでも方向転換できるように抜け道を用意しながら進めて行くか。

てきぱきと一心不乱に片づけて行くのか、周りの様子を見ながら慎重に進めていくのか、できる限り遅延しながら体裁だけは整えて行くのか。

命令に従っているようでありながら実は形だけであったり、個々の命令には反しているようでありながら、実は大きな観点から見れば上司と同じビジョンを実現する方向に沿っていたり。

僕たちはそんな風に仕事をしてきたはずだ。

いずれにしてもサラリーマンだから従う、サラリーマンでないなら従わなくても良い(あるいは、従わないのであれば会社を辞めるしかない)などという単細胞なことではない。

僕らは全ての業務を、自分が実質的に選択可能な範囲を目一杯活用しながら、ぜーんぶ自分で判断して決めているのである。

それが、「何を偉そうに」「カッコいいこと言い過ぎ」だと言われるのであれば、訂正しよう。ぜーんぶ自分で判断して決めているとまでは言わない。でも、ぜーんぶ自分で判断して決めて行きたいという気概だけはある、と。

サラリーマンというのは思考停止を許されるということと同義ではないのである。

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