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Sunday, June 12, 2011

映画『奇跡』

【6月12日特記】 映画『奇跡』を観てきた。是枝裕和監督。

見ていて感じたのは、今回の映画にはここのところの是枝作品に共通の“凄み”みたいなものがないということ。何かしら過酷なものを描いて圧倒的な感動に持ち込んでいたスタイルが少し変わったように思う。

それは今回の映画が子どもの映画であったからかもしれない。しかし、それを言うなら『誰も知らない』だって子供の映画である。あそこにあった過酷さもない代わりに、見終わっての圧倒的な感動もないように思った。そういうのもアリかな、と思いながら、少し物足りない気持ちがしたのも事実である。

この映画は九州新幹線開通に因んだ、JR九州が特別協賛についた映画である。その割には余計な宣伝臭は全然ない。スポンサーにはもっとベタなものを期待した人もいただろうに、大丈夫だったのかな、と少し心配になるくらいである。

航一と龍之介(まえだまえだの前田航基と前田旺志郎)は小学生の兄弟。元々は大阪で親子4人で暮らしていたのに、両親の離婚に伴って航一は母のぞみ(大塚寧々)の実家である鹿児島で、和菓子屋の祖父・周吉(橋爪功)、祖母・秀子(樹木希林)と4人で暮らしている。一方弟の龍之介は売れないミュージシャンである父・健次(オダギリジョー)と一緒に福岡にいる。

ある日航一は、九州新幹線開業の朝に博多からの“つばめ”と鹿児島からの“さくら”の一番列車がすれ違うときに奇跡が起こるという話を聞く。両親と一緒にもう一度大阪で暮らすことを請い願う航一は2人の友だちと、新幹線がすれ違う地点である熊本に行ってみることにする。

そして、兄から電話で誘われた龍之介もまた、3人の友だちを連れて博多から熊本に向かう。そして、その日の朝、まさに新幹線がすれ違う瞬間…、という筋である。

この7人の子供たちがものすごく良い。どう見ても与えられた台詞を暗唱している感じではないところがいっぱいあると思ったら、案の定子供たちには台本を与えずにその都度口頭で説明しながら撮影を進めたと言う。確か『誰も知らない』でもそういう手法を採ったのではなかったか。

映画はずっとほのぼのと進む。エピソードはしっかりと積み重ねられているので見ていて飽きることはない。しかし、前述の通り、今いちキレがないようにも思える。初めて是枝監督らしいキレを感じたのは、もう映画終盤に当たる、“手”にまつわるいくつかのシーンのいくつかのカットをフラッシュバックで見せたところである。この辺りは本当に巧いなあと思った。

いくら監督が手にこだわったシーンをとっても、そのカットがそれぞれのシーンに散りばめられている限り全く気づかない人も多いはずで、そうなってくるとそれは監督の自己満足に近いものになってしまう。それをそれぞれのシーンからコピー&ペースト、カット&ペースト(つまり元のシーンからは除かれている)して一箇所に集めたことによって、初めて意味はしっかりと伝わってくるのである。

観る前から予想はしていたが、「奇跡」というタイトルの割にはあまり奇跡めいたことは起こらない。人生において奇跡はそんなに起こらないということを監督はちゃんと知っているし、それを観客にも伝えようとしている。でも、良いことは起こる。人生は悲惨なことばかりではないのである。

その辺の感じは『誰も知らない』と違っているようでもあり、根底は同じようでもある。その微妙なあたりが恐らく是枝監督の芯の部分なんだろうと思う。

そして、映画を見終わってから気がついたのだが、この映画はまさに“かるかん”なのである。

祖父・周吉が何年ぶりかで作った郷土菓子“かるかん”を初めて食べた航一は、その微妙な甘みについて、「なんか、ぼんやりした味やなあ」と言い、周吉に「それを言うなら、“ぼんやり”やなしに“ほんのり”やろ」とたしなめられる。

この映画もまさにそんな感じで、観る人によってはぼんやりとした印象しか残らないだろう。しかし、監督の描きたかったのはこのほんのりした感じなのではなかったか。

子供たちにとっては紛れもない冒険である。しかし、アクション映画的のような、生死を分けるような冒険ではありえない。子供たちにとっては考えてみれば試練である。しかし、大人が想像するような過酷な試練ではない。

大人が鑑賞して、ガツンッと頭を殴られるみたいな大きなショックを受ける映画ではない。ただ、このほんのりした味を感じ取ることができるかどうかなのである。

航一は祖父の“かるかん”を熊本まで持って行って弟にも食べさせる。龍之介は案の定「ぼんやりした味やなあ」と、兄と同じことを言う。航一は鹿児島に戻ってから、龍之介にも食べさせたことを祖父にに報告する。「で、どうやった?」と訊かれた航一はこう答える。「あいつにはまだ無理やな」。

そう、そういう味なのである、この映画は。

思えば僕らは、動きの激しい世の中で、強烈な刺激の数々を受け続けながら、時には無様に歪み、時には健気に頑張りながら、なんとかかんとか生きているのかもしれない。そして、是枝監督の前作『空気人形』はまさにそういう空気感の映画であったような気がする。

『空気人形』は僕が生涯観た映画の中で3本の指に入るくらい好きな映画だ。だが、たまには『奇跡』みたいな映画も良いと思う。たまには“かるかん”を食べてみるのも悪くないはずだ。

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