『オーケストラ!』
【5月15日特記】 WOWOW から録画しておいた映画『オーケストラ!』を観た。
結構評判の良かった映画だと思ったが、今調べてみると昨年度のキネマ旬報ベスト・テン外国映画部門では第52位と、まあ、そこそこである。
かつてはロシアの名門オーケストラ「ボリショイ交響楽団」の有名指揮者だった男、アンドレイ・フィリポフ(アレクセイ・グシュコブ)は、共産党にたてついたために今では同じ楽団の掃除夫になっている。そのフィリポフがパリから舞い込んできた演奏依頼のファックスを横取りして、昔の仲間を集めてボリショイになりすましてコンサートをするという映画である。
こうやってあらすじを書くと大変面白そうな話である。まず、そういう設定を考えたことがこの映画の成功のかなりの部分を負っていると思う。
我々はともすると日本とハリウッドの映画文法に冒されてしまっている。だから、たまにそれ以外の国の映画を見ると大変新鮮に思うことがある。よく受ける印象は「展開が早い」──中南米やイランの映画では特にそう思う。ケレン味がない。
この映画はフランス資本だが舞台はロシア(後半はパリ)、監督のラデュ・ミヘイレアニュはルーマニア生まれのユダヤ人。チャウシェスクの独裁政権を逃れてフランスに亡命している。この辺のキャリアと言うか、その環境で培われた精神と言うか、ともかく彼の個人的な経験が映画にしっかり息づいている。
そして、この映画も展開が早い、と言うよりも、描き方がさらっとしている。だから、良い映画なのだけれど重い印象を残さない。これが良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。
前半はメンバー(マネージャーを含む)集めの話。散り散りばらばらになってそれぞれに落ちぶれて今では大変なことになっている旧メンバーをひとりずつ訪ねて行くさまがとてもユーモラスに語られる。
続く中盤は、フィリポフがパリでのコンサートのソリストにパリの若手スター、アンヌ=マリー・ジャケを指名するのだが、それは何故なのかという謎にまつわるエピソード。このアンヌ=マリーに扮したメラニー・ロランがなんと美しいことか! そして演奏のさまもエネルギッシュであるのに優雅である。
そして、誰もが予想するところだが、映画のクライマックスは当然パリでのコンサートである。このシーンで一度も曲(チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲)を途切れさせることなくストーリーを進行しきったところが偉い! 途中に短いシーンや独白が挿入されるものの、バックで演奏は続いている。曲の最初から最後まで。
僕はクラシック音楽には疎いほうだが、しかし、この演奏シーンには正直魅せられた。なんだか知らんがとても良いのである。感動した。そして、それまでに描かれてきた登場人物たちのそれぞれのドラマが重なってきた。実際にアンヌ=マリーが演奏しているように見え、演奏しているように聞えるのである。
そしてその演奏シーンに挿入される「その後のフィリポフと彼のオーケストラ」のシーン──回想の逆である。こういう構成も非常に面白い。
最後はまるで素晴らしい演奏会が終わった直後のような感動が残る。いやいや大変巧い映画だと思った。
もっとも一緒に見ていた妻にはあまり受けなかったようだ。これもひとえに描き方がさっぱりしすぎているからではないだろうか。僕にはそれが新鮮であったのだが…。
30年ぶりの本番が練習もリハもないままのぶっつけで、しかもそれが喝采を浴びるほどの名演であるというのは誰が見ても絵空事である。あるいはそこが妻に今イチ受けなかった理由であるのかもしれない。
しかし、おとぎ話が勇気や幸せを与えてくれることもある。これは本当によくできたおとぎ話であると僕は思った。さりげなく共産党を揶揄しているところも愉しいではないか。にも関わらず冗談に振りかぶった体制批判などにはならず、こういうさっぱりとした後味で終わるのも却々軽くて良いのではないだろうか。
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