映画『これでいいのだ!!』
【5月7日特記】 映画『これでいいのだ!!』を観てきた。三宮シネ・フェニックス。
券売カウンタで知らずにスタンプ・カードを出したら、「お客様、当館は明日で閉館でございまして」と言われて驚いた。いつ行ってもガラガラにすいている映画館だったので割合重宝していたのだが、それでは潰れるのも無理はない。残念である。
映画は天才漫画家(などとわざわざ説明を加える必要もないと思うが)赤塚不二夫の伝記である。原作は小学館入社直後から赤塚付き編集者になった武居俊樹。
この武井の役を女性に変えて脚本の初稿を書いたのが君塚良一。それを監督したのが佐藤英明。阪本順治、森田芳光、君塚良一らの助監督を長年務めて、これがデビュー作なのだそうだ。最終的には共同脚本も担当している。
(ちなみに、ファースト助監督時代の作品で僕が見ているのは3本──SABU監督『DRIVE』2002年、荒戸源次郎監督『赤目四十八瀧心中未遂』2004年、大友克洋監督『蟲師』2007年)
で、例によって、のっけから変なことに引っかかってしまった。映画にフジオ・プロの事務所が映る最初のシーンで机上にティッシュ・ペーパーの箱があったのだが、1967年の時点でティッシュ・ペーパーってあったっけ? あるいは普及してたっけ?
我が家が日常的に使い始めたのはもう少し後だったような気がするのだが、そうでもないような気もする。あるいは赤塚不二夫のような金持ちは一般庶民よりもかなり早く使い始めていたということなのか? ──その辺のことが気になってしばらく映画に集中できなかった。
ともあれ、時代のムードを非常によく捉えた映画だったと思う。
そもそも、なんでこの映画を見たかと言えば、それはチラシで見た浅野忠信の赤塚不二夫が何とも言えず本物の雰囲気をよく掴んでいるので、どうしても見たくなったのである。確かにこれは意表を突いた嵌り役だった。しかし、見終わって思ったのは、これはやはり赤塚不二夫を、と言うよりも、時代を捉えた映画だったということだ。
僕が会社に入った頃でも(と言っても、それはこの映画の舞台となった時代よりも15年くらい後の話なのだが)、この赤塚不二夫のように「バカにならなきゃダメだ」みたいなことを一生懸命説いてくれる先輩がいた。
出された酒を飲み干すか、さもなくば口移しでジュースを飲むか、おしおきで火あぶりにされるか、みたいなバカバカしいノリもあった。
僕自身は少なからず、そう、この映画の主人公・武田初美(堀北真希)以上に、そういうこと(「バカ」とか「ノリ」)に対して抵抗感を覚えたし、実際あんまり上手にバカになってノって行けたような気もしない。しかし、そういう時代の中で少なからず鍛えられたことは確かであるし、ああいう時代の良さというものは実際享受もしたし理解もしているつもりだ。
そういう大時代的なバカの、大風呂敷の話が非常に小気味よく、かつテンポよく描かれている。いかにも赤塚ワールドらしいギャグも冴えている。
主人公を女性に変えたのは大成功で、これが男性のままならよほどの赤塚ファンでないと見に来ない映画になっただろう。女性に変えたことで、映像面で華を添えたのは言うまでもなく、筋にも広がりが出て面白いものになったと思う。武田初美の成長物語という面がすんなりと観客に受け入れられたのではないだろうか。糞真面目だった初美の表情が次第にほぐれてくるさまがとても魅力的であった。
何度となく出てくるウィスキーの瓶が一見サントリー・オールド(酒のことは詳しくないが、多分この時代にオールドということは、やはり大ヒット漫画家だったということなのだろう)なのだが、ラベルについているマーク(エンブレム)を少し変えてあるかな?と思って、もっとよく見てみると YONTORY WHISKY と書いてある。
ならばと思ってビール瓶を観察してると、こちらはキリンっぽいのだが、よく見るとクジャク・ビールである。こういう細かいギャグがめちゃくちゃに面白い。
留置場で赤塚不二夫が女性牢に、初美が男性牢に入れられているところとか、イカの握りで3人がロンするところとか、思わず声を上げて笑い転げてしまった。
赤塚のスタッフの配役がこれまた絶妙である──正名僕蔵、粟根まこと、新井浩文、山本剛史、佐藤恒治という、いずれ劣らぬ曲者ぞろい。この辺りが佐藤正宏や梅垣義明らの新宿ゴールデン街のゲイバーの面々と繰り広げる乱痴気騒ぎ。
そして、そこにこれまた別の意味でおバカな少女漫画誌の編集者に阿部力、少年サンデーの傲岸な編集長に佐藤浩市、そして大マザコンである赤塚の母にいしだあゆみ、貞淑な妻に木村多江など、非常に良いメンバーが絡んで良い芝居をしている。
難しいこと、わざとらしいことは何も言おうとしていない。日本流/昭和的な潔いスラップスティックである。
途中から展開がハチャメチャになってきて、あまりにシュールでついて行けなくなってきたが、これはヒットこそしなかったが赤塚の思い入れが一番強かった『レッツラ・ゴン』という作品世界をダブらせたものだからだと、半分眠くなってから気づいた。
映画の展開としては少しこの部分が長すぎたような気もしたが、そうか、ということであれば、これは絶対外せないシーンだということなのだ、と納得してしまった。
結構笑える。そして、それだけで良いような気もする。教訓なんか何もない。でも、笑いの中にどことなく哀愁があるんだよなあ──そこが捨てがたい。
そう、これでいいのだ!! タリラリラーン!
終わり方もまさにそんな終わり方だった。
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