『もしドラ』インナー向け業務試写会
【5月13日特記】 映画「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の試写を観てきた。
僕はこの原作は本屋で手に取ることさえなかった。そもそもドラッカーという学者に興味が湧かなかったということもあるが、ある種の勘が働いたからだ。
どんな勘かと言えば、以下のようなことである。
マネージャーという言葉は企業の経営者を表すことも部活や芸能人の世話係を表すこともある。もし、ドラッカーの名著『マネジメント』に出てくる「マネージャー」を後者の意味に読み替えたら面白いのではないか?──そういうジャスト・ワン・アイデアで書かれたのがこの本なのではないだろうか?
そう思った瞬間に底が見えた気がして読む気にならなかったのである。で、結局原作を読まないまま映画だけを観てこんなことを言うのは語弊があるが、恐らく僕の勘は当たっていた。
いや、これは悪い意味で書いているのではない。原作がどんなトーンだったのかは知る由もないが、映画のほうは、これは単純明快な青春野球ドラマである。もしドラッカーという名前で腰が引けている人がいるとしたら、そんなことは全然気にしなくてよろしいと言ってあげたい。
言わば「スポ根」(もはや死語ですがw)の「根性」を、根性だけでスポーツで勝てるものか、とばかり「ドラッカーの経営論」に入れ替えたのがこのドラマである。いや、それでもまだ言い過ぎかな。「根性」というキーワードを、『マネジメント』本文中から引用した「真摯」という言葉に置き換えたのがこのドラマである。
つまりは、少年少女の真摯な野球ドラマなのである。
弱小野球部のマネージャーを引き受けることになった女子高生が、本屋でマネージャーになるための本を探して、間違ってドラッカーの『マネジメント』を買ってしまう。「しまった」と思いながら少し読んでみると、なんか高校の野球部にも当てはめられそうな気がしてくる。そして彼女はこの本を教科書に野球部の意識改革を進め、最初は夢にも思わなかった甲子園を目指すことになる──そんな話である。
基本的にスポーツ・ドラマだから、どんな風に試合に勝って行くかということが描かれる。そして、個人競技ではなくて団体競技なので、それぞれの選手にどういうキャラを設定して、どういうエピソードを作り、それをどうやってストーリーに絡めて行くかということが命になるわけだが、その辺が非常によく書けた脚本なのである。
フライが取れない外野手、よくトンネルする下級生のショート、味方のエラーに切れて四球を乱発するエース、そういうエースに苛立つキャッチャー、足は速いけどバッティング・センスのない補欠選手、選手としては2流だがドラッカーには詳しい部員、部員を怖がる監督(化学教師)、そして、小学校時代は自身がエースで4番だった女子マネージャー、等々。これらが有機的にストーリー展開に絡んでくる。
石塚英彦の本屋と青木さやかの客を狂言回し風に使う展開も巧いアイデアだと思った。
ネタバレになるので、最後まで勝ち続けるのかどこかで負けてしまうのかまでは書かないが、前半で撒いておいた小ネタが後半で活きてくる。あの時ああだったあの選手が、ここでこんなことをして勝利に貢献する──という図式が連鎖的に展開される。お話作りとしては大変テクニックがあると言って良い。
ちなみに脚色には、原作者の岩崎夏海と監督の田中誠が共同で当たっている。僕としては田中誠監督作品を観るのは『うた魂』以来2本目である。
もちろん、茶番と言うべき面はある。しかし、青春ドラマはそれで良いのである。間違っても経営学的な見方なんかしないでほしい。単純に野球ドラマとして観て初めて面白いのである。
そういう見方をすると、これは意外に良くできた映画で、結構面白い。テレビ的な、人物のアップを次々と切り替えて行くカット割りの間に、時々非常にきれいなグラウンドやスタジアムなどの風景が挿入されるのも効いている。当然合成もあるとは言え、球の絡んだシーンが引き画の長回しであったりして、これは臨場感のある構図である。
そんなこんなで、見始めたときは少し芝居が堅いなと思ったのだが、次第に引きこまれて行く。
主演の前田敦子については、僕はあまり好きなタイプではないのでここでは多くを語らないが、監督役を大泉洋という非常に達者な役者が演じており、メインの部員を演じている瀬戸康史と池松壮亮にもしっかり存在感がある。前田と同じくAKB48のメンバーである峯岸みなみも可愛いし、入院中の元マネージャー役の川口春奈が抜群である。
そして、上で書いたように、この映画の最大の売りは脚本である。台詞回しではなく筋回しの達者さ。マンガ的ではあるが、だからこそ面白い。
僕はこの企画はシリーズ化すれば良いのではないかなと思った。いや、マネージャーがさらにドラッカーを読み込んで次の大会に、というシリーズ化ではない。
次は「もし高校野球の女子マネージャーがコトラーの『マーケティング3.0』を読んだら」、あるいはもう少し経営学やマーケティング論から離れて、例えば「もし高校野球の女子マネージャーがサンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』を読んだら」でも何でも良いのだが、そういう展開の仕方が面白いと思う。
そう、このドラマにおけるドラッカーはストーリーを転がす上でのヒントでしかないのである。そういう発想でバリエーションを広げて行けばいくらでもできそうだなと思った次第である。
最後にもう一度書いておこう。これは単純明快な熱血青春野球ドラマである。そして、意外に悪くないのである。
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