映画『婚前特急』
【4月2日特記】 映画『婚前特急』を観てきた。僕は最初はブログ「ラムの大通り」の管理人えいさんに教えてもらったのだが、ともかく試写会を観た人がこぞって激賞する、とても前評判の高い作品である。
監督は前田弘二(脚本は高田亮との共同)。これが劇場公開作品としてはデビューになるが、自主制作時代にいろんな賞を獲っている人なのだそうだ。
で、結論を先に書くと、ちょっと期待が大きすぎた、いや、と言うよりも違う方向に期待していた僕が悪いのである(笑)
僕はみんなが褒めちぎるもんだから、てっきりものすごく新しい感覚の映像を見せてくれるのではないか、あるいは、例えて言うなら『運命じゃない人』みたいな、「よくぞここまで込み入った話を見事に組み立てたもんだ」と思えるような仰天のストーリーが用意されているのではないか、などと思っていたのだ。
ところが、身も蓋もない言い方をしてしまうと、これはただのコメディである。そして、寡聞にして知らなかったのだが、こういうのをスクリューボール・コメディと言うのだそうである。確かに言い得て妙である。
主演は吉高由里子。僕は2007年の『転々』で彼女を「見初め」て以来、ずっと応援し、追っかけてきた女優である(その割には、彼女が左利きであることにこの映画で初めて気づいたのだが)。
池下チエ(吉高由里子)は計算高くプライドも高い女。きれいだからモテる。仕事もできるようだ。で、いろんな男に“五股”かけてつきあっている。時間には限りがあるので、そうやっていろんな男と楽しもうというのが彼女の人生哲学である。
ところが、親友のトシコ(杏)が突然長くつきあってきた彼氏(吉岡睦雄)と結婚することになり、「チエも結婚すれば良いのに」と言われて、なんだか急に焦り始めて、いきなり5人の男を“査定”して一番の上玉とあわよくば・・・という気持ちになってくる。
5人の男たちは下は19歳、上は54歳、学生から妻帯者、バツイチまで非常にバラエティに飛んでいる。その中の一人が田無タクミ、26歳(浜野謙太)である。小太り。パン工場の工員。風呂のないアパートに住んでて、チエの部屋にしょっちゅう風呂を借りに来る。
他の4人(加瀬亮、青木崇高、榎木孝明、吉村卓也)と並べると、どう考えてもなんでこんなダサい男とつきあっているのか全く理解できないのだが、そこはチエとタクミの人品骨柄や馴れ初めのストーリー設定など、それなりに巧く作り上げてあって、見ているとなんだかそんなこともあるかなという風にすっかり騙されてしまう。
かたやタカピーこなたKYなのだが、要するにどっちも自分のことしか考えられない傍若無人の組合せだから、なんかこんな風に変に続いてしまう──この設定は却々面白い。
で、チエは当然まずこの男を切り捨てようとするのだが、「なんで? 俺たちつきあってないじゃん。だから今まで通り体の関係だけは続けよう」と言われて、痛くプライドを傷つけられるのである。んでもって、ここから「特急」の名に相応しいチエの暴走が始まるのであった。
途中スクーターのチエを自転車のタクミが追っかけてきて並走する、まるでコントみたいなシーンがあるかと思えば、タクミの工場の社長の娘ミカ(石橋杏奈)の家のシーンや留置場のシーンではカメラ据えっきりのものすごい長回しもあり、いきなりチエとタクミの掴み合いの迫真のシーンがあるかと思えば、そのあとには『8時だョ!全員集合』みたいな展開が続いて、思わずのけぞってしまう。
で、見ている途中から、「結局どう考えてもそこに落ち着くしかないだろう」と思っていたところに、まさにその通りに収まって話は終わる(しかし、パンフに解説を書いている映画評論家が「実にたくみなミスディレクションで、すっかりだまされた」と書いていたのにはびっくりしたが)。
読後感は軽いのだが、それなりに人間という存在の面白さを盛りこんで上手に笑わせてくれる。冒頭とラストを、同じように駅と電車とカップルというシーンにして、でも、そこで描かれるものは全く違うという構成も粋である。
撮影の時には監督がわざと吉高由里子につっけんどんに接して彼女を苛立たせることで、いつも怒っているチエ像を引っ張り出したという話が、パンフの中に何箇所も書いてある。これはちょっと書き過ぎで嫌らしくないか?(笑)
でも、このタカピーで計算高くて、でもどこか少しマヌケで憎めないチエを、吉高由里子は非常に好演している。あと、浜野謙太の冴えない男っぷりが凄い。この人は映画出演歴も何本かあるが、本職は SAKEROCK というインストゥルメンタル・バンドのリーダーでありトロンボーン奏者だと言うから驚きである。
ふと気づけば吉高由里子と石橋杏奈は廣木隆一監督の『きみの友だち』以来の共演である。あの時は石橋杏奈が主演で、しかも鮮烈なデビューだったのに対して、吉高由里子はまだあまり芽が出ず出番の少ない小さな役だった。
それが、あれから3年弱ですっかり立場も逆転して、吉高由里子は、まだ大スターではないにせよ、すっかり主演クラスの女優に成長した。それはやはり吉高由里子が生まれ持っている“華”というものによるものなのだろうと思う。
変な言い方かもしれないが、上出来の吉高コメディだった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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