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Thursday, March 10, 2011

構造的な問題

【3月10日特記】 ひょんなことからふと考えた。

露出狂は男性に多く女性に少ないのは、もちろん男女の性的な嗜好の差という要因が一番大きいのだろうが、男性は露出しようと思えばただズボンのファスナーを下ろすだけで簡便に達成できるのに対して、女性の場合はどこを露出するにしても割合面倒くさい、という構造的な問題があるのではないかと思う。

また、露出中に警察が来るなどした場合、もとの鞘に格納するのも割合手間が要らないではないか。

その辺りの露出の手順の問題を解決するためには、例えばコートの下は全裸みたいな入念な事前準備が必要となるわけで、そういう手間が露出という行為のハードルを上げているという面もあるのではないだろうか。

男性の場合は、そういう準備がなくても、「そうだ、露出しよう」と思い立ったら即実行できるわけである。

なんで、こんなことを考えたかと言うと、先日電車の中で自分のイチモツを「陳列」してしまって逮捕された人(確かどこかの放送関係者ではなかったか)が、「露出したことは認めるが、理由は自分でも解らない」と答えたという記事を読んだからだ。

ことの善悪はともかくとして、これは何かの拍子に思い立って即実行してしまったということではないのだろうか? そして、男性の場合は思い立ったら簡単に実行できてしまうという構造的な問題があるのではないかと思い至ったのである。

何をアホみたいなことをと言われるかもしれないが、物事には構造的な問題と運用上の問題が渾然一体となって存在しているのであって、そのことをちゃんと看破していない限り、いかなる問題も解決できないのではないかと思うのである。

もちろん、このケースはそもそも「そうだ、露出しよう」と思い立ってしまう女性はほとんどいないという性差の問題に帰結する面が大きいとは思うのだが、例えば男性が近代西洋的な服装ではなく、露出上不利な伝統的民族衣装を纏っている国においては、露出の検挙率がどうなっているのかを調べてみれば何かが見えてくるのではないかという気がする。

要するに、構造が問題を規定する力って、あんまり軽視してはいけないと思うのである。ま、だからと言ってズボンの構造を変えろと言う気はないが…。

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