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Wednesday, March 09, 2011

同迷の士

【3月9日特記】 昨夜は方向音痴の仲間が集まった。

そもそもは twitter のタイムライン上で方向音痴話が盛り上がり、そこから「じゃあ、同好の士(?)を集めて同盟を作ろう」ということになり、しばらく放ってあったのだがやがて facebook にグループ・ページができ、遂に第1回総会/決起集会の開催に至ったわけである(笑)

で、facebook 上でもそうなのだが、実際に会ってもやっぱり話はそれぞれの方向音痴自慢ということになる。皆それぞれがいろんなエピソードを持っていて、「どうだ、俺のこの話には適うまい」とばかり披露するのだが、これが意外に盛り上がらない。

なにしろ筋金入りの方向音痴を自認する古強者の集まりなので、他人の経験に対して「え? まさか、そんな!」という驚きは全然ないのである。

その代わりにあるのは、「あ、そういうの、あるある」という穏やかな共感(笑)

こうやって考えてみると、方向音痴という人種の行動にはかなり定まったパタンがあるようである。きっと皆同じ轍を踏んでいるのであろう。

で、この会の入会資格は別に何もなくて、つまり、本人が方向音痴であるということさえ必要とされていない。

そして、そういういい加減な会なので、実は方向音痴でもなんでもない人もメンバーに含まれていて、その人たち(というほど多くはないのだが)が上手い具合に驚き役、ツッコミ役に回ってくれているのである。

おかげで会は非常にスムーズに回る。

ただ、驚いてもらったりツッコんでもらうことが不可欠かと言うと別にそれほどのこともなく、方向音痴同士が「ああ、あるある」「あ、私も全くおんなじ」などと緩んだ感じでほのぼの同意しているのも、これまた悪くはないものなのである。

そして、何よりも今回集まってみて改めて思ったのであるが、迷うというのは却々愉しいことではないか。人より多く迷って人より多く愉しんでいる、そういう恵まれた人たちの集まりであると考えるとなお愉しくなる。

道は長い。道は入り組んでいる。そこで迷うのもまた行程である。
人生は長い。人生は入り組んでいる。そこで迷うこと自体が人生なのである。

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