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Saturday, March 12, 2011

無題

【3月12日特記】 金曜日の15時少し前の地震発生直後から、各テレビ局は一部の独立U局を除いて、いまだに全てのCMを飛ばして報道特番編成を続けている。

阪神淡路大震災の時は火曜日の未明に地震が起き、土曜日いっぱいまでノーCMの特番編成を組み、日曜日の朝から通常放送に戻した。僕はちょうどその日に出社していて、嵐のような抗議電話に対応していた(そのため休日出勤してやるべき本来の仕事には全く手がつけられなかった)のでよく憶えている。

今回はどのタイミングで戻すのだろう。まだ正式な決定は聞こえて来ない。

この間に失われる(と言うか取りっぱぐれる)売上や利益の合計額がどのくらいになるのか計算してみたこともないが、しかし、こういう事態になるとそういうことについては誰にも拘りがない。経営者から平社員に至るまで、報道マンや編成マンは当然として営業マンでさえCMを飛ばすことに関して何の躊躇もないことに、僕は時々立ち止まって驚くのである。

こういうことを書くとまるで他人事みたいで、「お前も局員だろうが」と怪訝に思われるかもしれないが、何が正しいかなんて考えるまでもなく、気がついたら周囲の誰にも躊躇がないことに僕は驚くのである。いや、かつて驚いたのであり、その驚きに教育されたのであった。

もちろん、報道マンや編成マンの中には、(こういう表現をすると語弊があるのは承知の上で書くが)こういう事態に「血が騒ぐ」人種がいるのも確かである。しかし、その対極に「もうこれ以上CMを飛ばすな!」と叫ぶ守銭奴がいても不思議はないのに、実にそれが皆無なのである。

こういうのって、なんか、「古い気質」の類だと思う。そう、いまやオールド・メディアと言われるようになった我々に相応しい、なんか古い気質の現れであるような気がしてならないのである。

考えてみれば我々の業態は、そういう古い気質による、なんだか分からない闇雲なエネルギーに支えられて来た気がする。旧態依然たるそういう古い気質を、今暫くは全面開放で良いのではないだろうか。

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