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Tuesday, March 22, 2011

無題

【3月22日特記】 少し疲れた。twitter も facebook もずっと地震のことだらけだ。

16年前のほうが良かっただなんて言うつもりはない。あの時は被災者の側にいた。それだけに分かりやすかった。

自然の猛威と社会の不条理の前に恐れ戦き、狼狽え、悲しみ、怒り、憤り、そして鬱屈しながらも目の前にはやらなければならないことがはっきりとあって、それをやっていると気が紛れた。

被災していない側になった途端に、こんなに何をして良いのやら分からなくなるのかと身に沁みた。

16年前にも被災して、不幸にも今回また被災した人もいるだろう。僕のように16年前は被災者だが、今回は安全なところにいた人も、逆に16年前は地震とは無関係なところにいて、今回その猛威を思い知った人も、そして、幸いにして両方の難を逃れた人もいるだろう。

それぞれに感慨は違うはずだ。それぞれの思考が到達した地点も違うはずだ。

僕は少し疲れた。「少し疲れた」と書くことが正しいことなのかどうなのかを考えてみなければ書けないことに、少しだけだが疲れてしまった。

この記事はコメントを受けつけない設定にすることにした。

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