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Wednesday, March 30, 2011

『阪急電車』宝塚大劇場プレミア試写会

【3月30日特記】 映画『阪急電車』の宝塚大劇場でのプレミア試写会に行ってきた。有川浩の原作も読んでいるが、例によってディーテイルは何も憶えていない(笑) で、見終わってもほとんど思い出さない(再笑)

予告編を見た時点でひとつだけ残念だなと思ったのは中谷美紀。何故この女優なんだろう? 単純なイメージの問題でもなく、上手い下手の問題でもない。言葉の問題である。

戸田恵梨香も谷村美月も玉山鉄二も関西出身で、とても自然な関西弁を喋る。しかし、中谷美紀にそれは望むべくもない。別のタイトルの、違う設定のドラマならそれでも良い。しかし、これは『阪急電車』なのである。

阪急沿線育ちの僕としてはそれが残念で仕方がない。多分僕以外の何百万(もっといるか?)の阪急沿線育ちの人も同感ではないだろうか?

それは関西人の閉鎖性とはとりあえず関係がない。それは言わば郷愁である。阪急電車を巡る思い出の中に戸田恵梨香や谷村美月はいても、中谷美紀が喋っている姿が思い浮かばないのである。

それに話として東京女がこれをやってしまってはいけない。中谷美紀は寝取られた男の結婚式に純白のドレスで乗り込んで行くのだが、今回の映画の設定だと多分後々「だから東京の女はキツイ」と言われてしまう。そうではなくて、本来は、「え、大阪の結婚式って、ひょっとしてそんなことしょっちゅうあるの? 大阪こえー!」と東京人に言われなければならないエピソードなのである。

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Monday, March 28, 2011

東の人、西の人

【3月28日特記】 今日 twitter で「東日本の人と西日本の人が書いている内容が随分違ってきているような気がする」と書いている人がいた。そして、その呟きを retweet している人もいた。

そうとあからさまには書いていなかったが、「西の奴らは呑気なもんだ」というニュアンスが滲み出していた。

ま、解らんではない。そういう風に感じるものだ。

阪神淡路大震災の時などは、僕らは東日本はおろか武庫川より東側の人たちに謂れのない怒りを覚えた(ご存じない方のために書くと、武庫川より西側は街がぐちゃぐちゃに潰れてしまったが、武庫川東岸は全般に建物への影響も軽微で、割合普通の暮らしが営まれていた)。

幸か不幸か僕らの会社は放送局だった。僕らの報道スタッフは被災者でもあった。そこへ東京キー局から応援部隊がやってきて、その意識の違いに現場は苛立った。ついにウチのニュース・センター長が「お前らには神戸の気持ちは解らない。東京へ帰れ!」と一喝する事件が起きた。

挙げようと思えばもっと他にもいろんな例があるが、そういういろんなことを思い出すと「西日本の人は」と言いたくなる気持ちもよく解る。

しかし、今回はあの時とは少し違う。

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Sunday, March 27, 2011

備え再び

【3月27日特記】 発端は今日掃除機をかけたことだった。いつもベッドサイドに置いてある避難用の荷物。少し埃を被っていたりするときはその鞄の表面も掃除機で吸ってみたりするのだが、たまには中までチェックしてみようかと思った。

また、別の発端は今日近所のホームセンターに行ったことだった。非常食用に缶詰にされた RITZ のクラッカーを妻が見つけて、賞味期限も長いのでひとつ買っておこうかと言ったことだった。

そして、そのことによって誘発されたもう一つ別の発端は、キッチンの上部戸棚の奥に「パンの缶詰」を置いてあったのを思い出して、賞味期限を確認しておこうと思ったことだった。

しかし、何よりも大きな発端は東北地方太平洋沖大地震だった。

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Saturday, March 26, 2011

映画『SP 革命篇』

【3月26日特記】 映画『SP 革命篇』を観てきた。

前作『SP 野望篇』は意外に評判が悪くて結構驚いた。「テレビドラマの時に見たことがなかったので設定がさっぱり理解できなかった」という人に対しては「お気の毒様」としか言いようがないが、「単に襲うテロリストと守るSPの格闘の連続では全然面白くない」という指摘には本当にびっくりした。

僕はその格闘シーンがめちゃくちゃ面白くて、格闘シーンだけでも充分満足だと思ったくらいだったので…。

さて、その『野望篇』の続編なのだが、いきなり、あれれ?という感じ。前はビルの屋上から岡田准一を狙っているのが堤真一だったという衝撃のシーンで終わったので、てっきりそこから始まるのかと思ったら、どうやらあれはあれで終わりらしい。

さらに、映画を全部見終わってからパンフを読んで初めて知ったのだが、実は『野望篇』とこの『革命篇』の間に、この映画公開の直前にテレビで放送した『革命前日』という単発があったらしい。いや、テレビでなんかやってるなあという意識はあったのだが、てっきり単なる番宣番組だと思い込んでいたのである。

ただ、まあ結果論ではあるが、『革命前日』を観ていなくてもそんなには困らなかった。公安の田中(野間口徹)が最初のシーンからなんで頭に包帯巻いて入院してんのか?というくらいである。とは言え、見ていない人はこの『革命篇』を観る前に『革命前日』のストーリーくらいは調べて行ったほうが楽しめるのは楽しめるだろう。

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Thursday, March 24, 2011

『ロングエンゲージメント』京井良彦(書評)

【3月24日特記】 さとなおさんこと佐藤尚之氏が率いるサトナオ・オープン・ラボのメンバーである京井良彦さんによる最新のマーケティング論、いやむしろ脱マーケティング論というべきものの入門書である。

しかし、なんでまた「大手広告会社 アカウント・スーパーバイザー」などと社名をぼかしてあるのか不思議である。

で、当然のことながらこれは AIDMA → AISAS → SIPS という、例の大手広告会社の人たち(笑)が書いてきた流れの中に収まる話である。位置的に言っても時系列的に言っても AISAS から離れて SIPS に至るまでのどこかの地点にある書物だと思えば良い。

さて、この本の良いところは何よりも簡単で解りやすく整理がついていることである。だから、こういうことについてはあまり詳しくない人が読むのに最適ではないだろうか。

上で僕が書いた「AIDMA → AISAS → SIPS」という下りを読んで「ふんふん」と思う人には寧ろ物足りない本かもしれない。逆に「何ですか、それは?」という人が読むとしたら、これほど適した本はないのではないだろうか。

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Wednesday, March 23, 2011

「消費者」と「生活者」

【3月23日更新】 近年では「生活者」などと言う。それがいささか気に食わない。いや、なんだか気持ちが悪い。

昔は「消費者」と言っていたものだ。「消費者」と言うのは分かりやすかった。商品を購入して消費する人たちのことだ。あるいは、人間というものを、商品を購入して消費するという切り口で捉えたものだ。

それに比べると「生活者」というのは何だか解らない。だって、生活していない人なんて、この世の中にいないではないか?

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Tuesday, March 22, 2011

無題

【3月22日特記】 少し疲れた。twitter も facebook もずっと地震のことだらけだ。

16年前のほうが良かっただなんて言うつもりはない。あの時は被災者の側にいた。それだけに分かりやすかった。

自然の猛威と社会の不条理の前に恐れ戦き、狼狽え、悲しみ、怒り、憤り、そして鬱屈しながらも目の前にはやらなければならないことがはっきりとあって、それをやっていると気が紛れた。

被災していない側になった途端に、こんなに何をして良いのやら分からなくなるのかと身に沁みた。

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Monday, March 21, 2011

映画『漫才ギャング』

【3月21日特記】 映画『漫才ギャング』を観てきた。品川庄司の品川ヒロシ監督の第2作である。自らの原作小説を自分で脚色している。なかなかの出来であった。面白かった。

しかし、それにしても客層があまりに若いのでびっくりした。客席の半分以上が中高生に占められていたのではないだろうか。

黒沢飛夫(佐藤隆太)は売れない漫才師。ボケ役。相方の借金苦と絶望感から突然コンビ解散を言い渡され、自棄になっていた。

鬼塚龍平(上地雄輔)は両腕に龍と鬼の刺青を入れて喧嘩ばかりしている不良。一応フーゾク店勤務という定職についてはいるが、将来の夢も希望もない。

その2人がひょんなことから留置場で出会い、即座にツッコミとしての才能を見抜いた飛夫が誘って、2人は漫才コンビを組むという話である。

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Sunday, March 20, 2011

映画『世界のどこにでもある、場所』

【3月20日特記】 映画『世界のどこにでもある、場所』を観てきた。

大森一樹監督と言えば、まず1981年の『ヒポクラテスたち』で夢中になり、その後『風の歌を聴け』、そして吉川晃司の3部作、斉藤由貴主演の2作品と、80年代は立て続けに観ていた贔屓の監督であった。

ひょっとしてそれ以来なのではないかと思って調べてみたら、その後1990年の『ボクが病気になった理由』と2008年の『みんな、はじめはコドモだった』を観ていたが、これらはいずれもオムニバスの中の短編である。長編映画ではなんと1987年の『トットチャンネル』以来ということになる。

先に感想を述べると、なんか「惜しい」気がした。もう一度作り直してくれないかなと思ったくらいである。

話はロバート・アルトマンばりの大群像劇。舞台は動物園と遊園地が隣り合った施設。そこに近所のいくつかの診療所から精神科の患者たちが「デイケア」と称して月1回集まっている。そしてそこへ、株の一流トレーダーから転落して、ついに詐欺罪で指名手配されている男が逃げこんでくる、という設定である。

で、佐原健二と水野久美という大ベテラン2人を除けば、顔も名前も知らない俳優ばかりが出てくるのである。知らない顔が出てくるのは一向に構わないのだが、彼らの演技がちょっと辛い。演技が大きくてわざとらしいのである。

俳優たちはまとめて三宅裕司の劇団スーパー・エキセントリック・シアターから調達されたということもあるのだろう。これが舞台だったらそんなに浮かないのに、という気はする。

自分は25年前に飼育係を踏み殺した象だと思い込んでいる青年、認知症で自分が大資産家であることも思い出せない老人、9.11で同僚を失い鬱病になった元銀行員など、こういう言い方は不謹慎かもしれないが、実にバラエティに富んだ患者たちが出てくる。

そこに医者、看護師、そしてそれぞれいろんな理由からこの遊園地までわざわざやってくる人たちを合せてメインの登場人物は23人に及ぶ。

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Saturday, March 19, 2011

3/19サイト更新情報

【3月19日特記】 サイトを更新しましたのでお知らせします(このブログのことではなく、併設している私のHPの更新案内です)。

月2回レギュラー更新している言葉のエッセイが1編といつものペースで書評が1本、そして2ヶ月連続して音楽のエッセイを更新しました。

書評は敬愛して已まない高護先生の「歌謡曲」、ことばのエッセイは10年前に書いた「読むとこんがらがる話」の続編、そして音楽のエッセイは身の周りの最近の出来事についてです。

という訳で、今回の更新は以下の通り:

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Thursday, March 17, 2011

『歌謡曲 ──時代を彩った歌たち』高護(書評)

【3月17日特記】 敬愛して已まない高護(こうまもる)先生による戦後昭和歌謡史である。

高氏は1954年生まれで現在は(株)ウルトラ・ヴァイヴの代表取締役。プロデューサとしてサエキけんぞうや小島麻由美らを手がけ、マニア垂涎の幻の名盤『ソリッドレコード夢のアルバム』を送り出したのもこの人である。

しかし、高氏の真骨頂は何と言っても歌謡曲の収集・分析・評論であり、この世界で彼の右に出る者はないと言って良いのではなかろうか。『歌謡曲名曲名盤ガイド』シリーズのような、国宝級のムック本を出したりもしている。

その高氏が物した戦後/昭和歌謡史が本書である。1960年からの30年間を一挙に捉えている。

一見ヒット曲の分析の羅列のようでありながら、実はそれを点ではなく線で、静止画ではなく流れとして全体像を描いていいるところがこの本のすごいところなのである。

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Wednesday, March 16, 2011

今日の BGM#56

【3月16日特記】 さてさて、今日も2回分を書き留める。

  1. 大迷惑(UNICORN)
  2. さよならをもう一度(尾崎紀世彦)
  3. 懐かしのキャシィ・ブラウン(荒木一郎)
  4. ベステンダンク(高野寛)
  5. 花のよぶ丘(伊集加代子&大内美貴子)
  6. ペンギン背広 しろくま背白(あがた森魚)
  7. 花(和幸)
  8. 哀愁のカルナバル(河合その子)

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Monday, March 14, 2011

容器

【3月14日特記】 まずは阪神淡路大震災の時の経験と記憶がある。それから、携帯電話やインターネットの諸サービスを含めて、当時とは比較にならないほどのコミュニケーションの発達がある。

だから、あの時よりはうまくできる気がする。しかし、それでもまだ至らない点はたくさんある。ああ、もっともっと長生きして、この経験を記憶にとどめたまま ICT などの技術の進歩を手に入れられたらもっともっと完璧に近づくのに、などと思う。

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Sunday, March 13, 2011

拡張可能化性

【3月13日特記】 最近電車の中でゲーム機を操作している姿をよく見かける。いや、最近ではないな。結構前からなんだけど、ただ、最近かなり動きが激しくかつスムーズな格闘技系、シューティング系のゲームが出てきたので、その画面を横から覗き込んだだけでかなり脳裏にこびりつくのである。

もっとも僕自身はゲーム機の世界に全く疎くて、それがニンテンドーなのか SONY なのかも見分けられないのだけれど…。

昨日も高校生らしき男子が一心不乱にやっていた。僕らの時代にはゲーム機はまだなかったし、その後も僕はそういうものに手を出さない珍しいタイプで結局その手の世界を知らないままである。

しかし、それにしても、この一心不乱ぶりは横から見ていてちょっと不安を煽られる。彼は電車の中でこれだけ熱心にやって、家に帰るとまたこの続きをやるんだろうか? 僕らの時代には乗車中の時間をこんな風に遊びに割くことなんてできなかった。

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Saturday, March 12, 2011

無題

【3月12日特記】 金曜日の15時少し前の地震発生直後から、各テレビ局は一部の独立U局を除いて、いまだに全てのCMを飛ばして報道特番編成を続けている。

阪神淡路大震災の時は火曜日の未明に地震が起き、土曜日いっぱいまでノーCMの特番編成を組み、日曜日の朝から通常放送に戻した。僕はちょうどその日に出社していて、嵐のような抗議電話に対応していた(そのため休日出勤してやるべき本来の仕事には全く手がつけられなかった)のでよく憶えている。

今回はどのタイミングで戻すのだろう。まだ正式な決定は聞こえて来ない。

この間に失われる(と言うか取りっぱぐれる)売上や利益の合計額がどのくらいになるのか計算してみたこともないが、しかし、こういう事態になるとそういうことについては誰にも拘りがない。経営者から平社員に至るまで、報道マンや編成マンは当然として営業マンでさえCMを飛ばすことに関して何の躊躇もないことに、僕は時々立ち止まって驚くのである。

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Thursday, March 10, 2011

構造的な問題

【3月10日特記】 ひょんなことからふと考えた。

露出狂は男性に多く女性に少ないのは、もちろん男女の性的な嗜好の差という要因が一番大きいのだろうが、男性は露出しようと思えばただズボンのファスナーを下ろすだけで簡便に達成できるのに対して、女性の場合はどこを露出するにしても割合面倒くさい、という構造的な問題があるのではないかと思う。

また、露出中に警察が来るなどした場合、もとの鞘に格納するのも割合手間が要らないではないか。

その辺りの露出の手順の問題を解決するためには、例えばコートの下は全裸みたいな入念な事前準備が必要となるわけで、そういう手間が露出という行為のハードルを上げているという面もあるのではないだろうか。

男性の場合は、そういう準備がなくても、「そうだ、露出しよう」と思い立ったら即実行できるわけである。

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Wednesday, March 09, 2011

同迷の士

【3月9日特記】 昨夜は方向音痴の仲間が集まった。

そもそもは twitter のタイムライン上で方向音痴話が盛り上がり、そこから「じゃあ、同好の士(?)を集めて同盟を作ろう」ということになり、しばらく放ってあったのだがやがて facebook にグループ・ページができ、遂に第1回総会/決起集会の開催に至ったわけである(笑)

で、facebook 上でもそうなのだが、実際に会ってもやっぱり話はそれぞれの方向音痴自慢ということになる。皆それぞれがいろんなエピソードを持っていて、「どうだ、俺のこの話には適うまい」とばかり披露するのだが、これが意外に盛り上がらない。

なにしろ筋金入りの方向音痴を自認する古強者の集まりなので、他人の経験に対して「え? まさか、そんな!」という驚きは全然ないのである。

その代わりにあるのは、「あ、そういうの、あるある」という穏やかな共感(笑)

こうやって考えてみると、方向音痴という人種の行動にはかなり定まったパタンがあるようである。きっと皆同じ轍を踏んでいるのであろう。

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Monday, March 07, 2011

映画『死にゆく妻との旅路』

【3月7日特記】 映画『死にゆく妻との旅路』を観てきた。

何度も書いているが、僕は三浦友和のファンなのである。その三浦友和の主演作であり、ほとんどが妻役の石田ゆり子との2人芝居であり、そしてロードムービーである。

映画の冒頭はいきなり1枚のトリキリ・テロップである。そのテロップに書かれたわずか4行か5行の文字で、主人公の「初老の男」には借金が4000万円あり、他にはワゴン車1台と病気の妻と現金50万円しかないということが説明される。

いきなりそれはどうよ、と思った。ペライチの文字で背景説明というのは禁じ手ではないか?

テロップの最後にはこれが現実にあった話であることが書き添えられているが、このテロップの目的はそれを知らせることではないだろう。いくら基が事実であっても、映画化した瞬間にそれは事実に基づいたフィクションでしかなくなってしまうのだし…。

多分、監督が描きたかったのはそこではないということなのだろう。そういう前段の部分には1分たりとも時間を割きたくなくて、とにかく主人公の清水久典(三浦友和)が病気の妻ひとみ(石田ゆり子)をワゴン車に乗せて旅に出るところから始めたかったのだろう。

ひとみが癌であることはテロップには書かれていなかったし、映画が始まっても暫く明かされない。しかし、このタイトルからしても、何か不治の病に侵されていることは想像がつく。観客は最初からそういうことを了解の上で映画を見始めるのである。

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Sunday, March 06, 2011

My Amazon Store

【3月6日特記】 ほとんど誰も見てないでしょうから、たまにこうやって書いてみようかなと思うのですが、このブログの左カラムにはいろんなリンクが張られておりまして、そのほとんどはココログ内のページですが、たまに外部へのリンクもあるんです。

その中の1つが OTHER LINKS と書いた下にある My Amazon Store です。文字通り Amazon 内にある僕のストアです。と言っても僕が売っているわけではなく、僕が商品を推薦しているストアなんです。

一応アフィリエイトの形をとっていますが、儲けてやろうという気はありません。と言うか、現に全然儲かってません。収入があるだけでもありがたいと思えと言われればそれまでなんですが、ま、小学生のこづかいに遥かに及びません(笑)

で、実はここは比較的まめに更新してるんです。今日1品追加してみたので、ちょっと紹介してみようという気になりました。

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Saturday, March 05, 2011

3/5サイト更新情報

【3月5日特記】 サイトを更新しましたのでお知らせします(このブログのことではなく、併設している私のHPの更新案内です)。

今回は久しぶりに音楽エッセイの新作を書きました。コーナーを更新してみて初めて気づいたのですが、去年1年間は一度も音楽にまつわるエッセイを書いていなかったようです。やっぱり年のせいか音楽から遠ざかっているのでしょうか。

しかし、復活の第1作が演歌についてというのは我ながらどうやねん?という気もしないではありませんが(笑)

それから例によって月2回更新している言葉のエッセイが1つと、書評が1つあります。

という訳で、今回の更新は以下の通り:

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Friday, March 04, 2011

『水死』大江健三郎(書評)

【3月4日特記】 他の人はどうなのか知らないが、軽い本が何冊か続くと、僕は時々途轍もなく重い本を読みたくなる。そんな時に手に取るのが例えば大江健三郎だ。

おしなべて重い。そして難渋する。そもそも重いものを求めて読んでいるのだからそれで良いのだが、それにしても重苦しい。引用される文言や背景にある思想が、僕にとっては馴染みがなく、そしてものすごく高尚で難しい。だから読むのがとてもしんどい。

──それが僕がこれまでに知っていた大江健三郎像である。ところが、この本は違うのである。もちろん軽くはない。しかし、それほど重くもない。そして、何よりもすらすらと読める。こんなに読み易い大江健三郎は初めてである。

一体いつの間に大江健三郎はこんなに大衆的(と言っても前との比較の話であり、依然大多数の大衆はそっぽを向いているだろうが)な作家になったのだろう。

いや、それよりも、僕が最後に大江健三郎を読んだのはいつだったのだろう。もう何年大江健三郎を読んでいないのだろう。全く思い出せない。しかし、その間に大江健三郎が豹変したとは考えにくい。

僕が変わったのだろうか? 僕が大江健三郎の高みに達したのだろうか? まさか、そんなはずはない。

しかし、どこかしら僕が、大江健三郎が長年抱えてきた重苦しい何かを、感覚的に理解できる年代に達してきたのかもしれない。──そんなことを考えながら読んだ。

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Thursday, March 03, 2011

断念

【3月3日特記】 京大の「Yahoo!知恵袋」不正入試について、自分なりにしっかりとまとまったことを書こうと思ったのだが、とりあえず今日は断念した。

この言ってみれば本来は小さな事件には山ほどいろんな要素があって、しかも今日「偽計業務妨害」という変な容疑で逮捕者が出たものだから、いろんな情報やら意見やらの洪水になって、全然頭がまとまらなくなってしまったから。

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Tuesday, March 01, 2011

自動改札の怪

【3月1日特記】 駅の非接触型ICカード用の自動改札で定期をセンサーにかざすとき、センサー部分をろくに見ないで定期入れを押し当てて、と言うより、なでつけている人が少なくないことに気づいた。

最初は妻がそうしているのに気づいた。そして、注意して観察していると、それは妻だけではないことに気づいた。特に女の人に多いような気がしていたのだが、よくよく見ていると男の人にも少なくない。

これはなんでだろ? 不思議で仕方がない。いや、非難しているのではない。純粋に不思議なのだ。

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