『プロトコル』平山瑞穂(書評)
【2月3日特記】 『有村ちさとによると世界は』を読んで大いに感銘を受けたので、その「本篇」にあたるこの長編に手を出してみた。両者を比較したときの偽らざる感想を書けば、『有村ちさとによると世界は』のほうが遥かに素晴らしい。
『有村ちさとによると世界は』がまさに馥郁たる文学作品であるのに対して、こちらは単に「とても面白いライト・ノベル」である。こちらを先に読んでいたら、僕は『有村ちさとによると世界は』を読まなかったかもしれない。
別に「文学作品」のほうが「ライト・ノベル」より偉いなどという論を展開したいわけではない。ただ、僕が究極的に読みたいのは前者であるという、言わば趣味・嗜好の問題である。
ここで扱われているのは、自負とか不安とか劣等感とか妬みとか和解とかいう、それぞれが単純な感情であったり思いであったりするのに対して、『有村ちさとによると世界は』のほうはもっと奥まった襞に踏み込んで、単純な言葉では得も言われぬ世界を見事に描ききっている。『プロトコル』はその深みには到底届かない。
しかし、それだけにこの小説は解りやすく思い入れやすい作品、とっつきやすく読みやすく、共感の得られるものになっているとも言えるのである。
なんと言っても人物の一人ひとりがとてもよく描けている。とてもよく描き分けられている上に、それぞれの人物の思考や行動のパタンにリアリティがあり、そして、ある意味どうしようもないダメ人間を描いているところにも優しい眼差しがある。
通販会社のシステム部門に務める有村ちさと。上司のタヌキおやじ・花守部長。花守のライバルのエロおやじで、花守に追い落とされる景山次長。家族を棄てて、自分の頭の中にいるブラントン将軍と一緒にアメリカを放浪しているちさとの父。ろくに家にも帰らず定職にもつかず、ろくでもないプータローと半同棲しているちさとの妹・ももか。
──設定も展開も全く隙がなく淀みがないのですらすらと読めてしまう。
僕は特に主人公の有村ちさとにシンパシーを持ってしまう。几帳面で、感情ではなく論理を重んじ、言葉に対する感度の高さとこだわりを持っている辺り、これは僕ではないかと思うほどの親近感がある。
やや堅物でとっつきにくい人物形成をしておきながら、どこかに男性から見た恋愛対象としての魅力、可愛らしさを感じさせるところは、やはり男目線の男性作家によるものだからなのだろうと思う。
筆はスムーズだし、話も仕掛けもとても上手い。読んでいて全く飽きさせることがない。これはかなり面白いライト・ノベルである。
そして、『有村ちさとによると世界は』と合せて読むと、それぞれの登場人物の背後がさらに膨らみ、世界はまことに世界らしくなってくる。
書かれたのはこちらのほうが先だが、もしまだどちらも読んでいないのであれば、僕は是非とも『有村ちさとによると世界は』のほうから先に読んでほしいと思う。
もし、『有村ちさとによると世界は』を読んで面白かったのであれば迷うことなくこの本を手に取ってほしい。そして、もし『有村ちさとによると世界は』があまり面白くなくても、その後この『プロトコル』を読んでほしい。多分こちらは面白いはずだ。
両方読み終えて「『プロトコル』は面白かったけど、『有村ちさとによると世界は』はどうもなあ」と思う人もいるだろう。しかし、『有村ちさとによると世界は』を読んだことが『プロトコル』の面白さを裏で補強していることは間違いがない。
単独でもとても面白い作品である。しかし、僕は是非とも両方を読んでほしいと思う。
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