映画『キック・アス』
【1月12日特記】 映画『キック・アス』を観てきた。
この映画、関西ではテアトル梅田わずか1館の公開ながら、朝から行列ができるぐらい入っている(関東も多分似たような状況だったと思う)。当たっているものには何か理由があるのである。
スーパーヒーローものである。そして、コメディである。始まったらともかくテンポ速い速い! このテンポが生命とも言える。
勉強もスポーツも、別段何の取り柄もないヒーロー物オタクの高校生デイヴが、単にヒーローに対する憧れだけから、通販で買った緑のコスチュームに着替えてインチキ・ヒーローに変身する話である。ちなみに、このデイヴを演じたのは『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』でジョン・レノンを演じたアーロン・ジョンソンである。
もし日本人が考えた設定なら、もう少し弱さを強調するだろう。気が弱くてへっぴり腰で、本当ならコテンパンにやっつけられるところが、いろんな偶然が重なってやっつけてしまう、みたいな。そして、後半では何か不思議な力が乗り移るか何かして、本物のヒーローになる、みたいな。
例えば、ゼブラーマンなんてそんな話ではないか。
そして、前半でもっとボコボコにやられるだろう。だって、単なるオタクで特別運動神経に優れたわけでも、筋肉だけは鍛えてあったわけでもないのだから。
ところが、デイヴが変身したヒーローは、キック・アスなんてふざけた名前の割には、最後にはやられはするものの途中結構反撃もしている。素手の相手に道具を持って立ち向かったりしてはいるものの、確実に相手に何発か打撃を与えている。ひるまない。
そこが不思議なところである。これが日本のヒーロー物コメディなら怖がって逃げ回るところである。いくら(なんでそうなったかはここでは書かないが)骨を金属で補強して痛みをあまり感じない身体になっているとは言え、自信もないくせにどうしてあんなに立ち向かって行けるのか不思議で仕方がない。
一旦やられたらまたやられると思うはずだし、そういう恐怖感には却々勝てないはずである。まして、ここは日本ではないのである。誰がピストル持ってるか判らないアメリカである。痛みを感じなくても撃ち殺されたら終わりである。
そんな弱い奴がそんな状況で、何故そんなに勇気を振り絞って立ち向かって行かなければならないのか、日本人が書いた物語ならそこに至るまでのドラマ性を入念に仕込んでおくところである。
ところがそれもない。現実感が極めて希薄な映画なのである。まさにアメリカン脳天気とでも言うべき設定である。
そもそもこのヒーロー、コスチュームに着替えて自宅から徒歩や自転車で移動しているのである。そんなことやってたらすぐに正体バレるだろう? 他にも映画全体にそういういい加減な設定が満ち溢れている。ホントにアメリカン脳天気!
それでも共感を失わないのは、なんかそういうふわふわした設定の中で、このデイヴという奴、なんか憎めないキャラなのである。ただそれだけで引っ張って行く。
で、そこに本物のスーパーヒーローが現れる。小学生の少女ヒット・ガール(クロエ・グレース・モレッツ)とその父ビッグ・ダディ(ニコラス・ケイジ)である。この2人はマジなヒーロー物の設定で本当にカッコイイ。特にヒット・ガールには、映画の中のデイヴの親友同様、男性の客ならまず萌えるだろう。
かつて悪の組織に嵌められた男が、自らを鍛え娘を仕込み、武器弾薬を買い集めて復讐に乗り出すという設定である。この2人で話は締まる。「もしもハン・ソロが主役だったら『スターウォーズ』はつまらなかったはずだ」という原作者の狙い通り、このカッコイイ脇役の大活躍が面白さを加速する。
そして結構残虐。終盤の襲撃シーンのBGMからも判るように、これは古き良き西部劇ではなく、マカロニ・ウェスタンを踏まえている。ジョン・ウェインではなく、フランコ・ネロかジュリアーノ・ジェンマあたりの、血に塗れた復讐劇であり、アクションなのである。
で、お約束通り、主人公が片思いするマドンナ役の女子高生ケイティ(リンゼイ・フォンセカ)がいて、キック・アスのライバルとして同じようにマヌケなレッド・ミスト(クリストファー・ミンツ=フラッセ)というキャラが設定されている。
いや、バカバカしくて面白い。
しかし、ホントは弱いはずの1高校生が、(まあ確かに何度か死にそうにはなっているが)あまり苦痛もないままに(つまり北野武の映画に出てくるような見ているだけで痛そうで震えるようなところはほとんどない)、こんな風に勝利してしまうのは、若い観客に根拠のない希望を与えてしまう害悪があるのではないか、と心配にさえなってくる。
そんなことを考えているとふと思い出すのは、この映画のオープニングは、「どこかのバカ」がヒーローの真似をして、ビルの屋上から飛んで、地上に落ちて死ぬところから始まるのである。考えようによっては、そういう警鐘からドラマをスタートしているとも言えるわけで、まあ、これは何と言うかアメリカン・バッド・ジョークである。
続編あるのかな? いやあ、続編あるときっと観てしまうだろうなという気がする、薄っぺらくて面白いアメコミそのもののような映画であった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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