映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』
【12月20日特記】 映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』を観てきた。
近年作品がやたらと映画化されている漫画家・西原理恵子だが、今回は彼女の漫画が原作なのではなく、彼女の元夫、戦場カメラマン・鴨志田穣の自伝に基づいたものである。
「元夫」と言うと「離婚した」「死別した」の両方が考えられるが、ここでは両方である。もちろん離婚したのが先で、死んだのが後。この映画の中では既に離婚別居していて、西原(映画の中では「園田由紀」=永作博美)が2人の子どもを引きとっている。
映画は鴨志田(映画の中では「塚原安行」=浅野忠信)のアルコール依存症を描いたものである。映画が始まったときにはもう既にいつ死んでもおかしくない状態である。そして、映画の中でははっきりとは描かれていないが、やがて本当に死んでしまう。
この壮絶と言うか悲惨というか、ドラマとしての(事実に基づく故になおさらの)過激さが人目を引くが、僕が惹かれたのは監督・東陽一という懐かしい名前を目にしたからである。70年代・80年代にかなり名声を博した監督である。今作は6年ぶりらしいが、僕はなんと『四季・奈津子』以来30年ぶり!である。
アルコール依存症という、酒を飲まない(酒が飲めない)僕には程遠い世界で、凡そ理解できるネタではない。だが、生きることの困難は解る。愛されることの暖かさも解る。愛することの切なさも解る。これはそういう映画だった。
そして思い出したのは8年前に観た崔洋一監督の映画『刑務所の中』である。それはつまり、僕にとってはアルコール依存症の症状、治療法、そして治療環境に関する情報が、刑務所の中を見るように新奇なものであったということだが、決してそれだけで言うのではない。
かたや刑務所こなた病院であるが、ともに罪の意識を抱えた人間が、いや、全然罪の意識のない人間もいるが、とにかく牢獄に閉じ込められている話である。利重剛が扮する医者がアルコール依存症のことを「(病気なのに)下手すると医者にも同情してもらえない」と評しているが、そこが犯罪者と似ているのである。
牢獄とは物理的な塀や壁、鍵のかかったドアかもしれないし、もっと精神的な、心の中の障壁なのかもしれない。
映画が始まってすぐのところで塚原が倒れる。酔っ払ってへなへなと崩折れるというような生易しいものではない。喉の静脈瘤破裂(しかもこれが10回目の)による大量吐血である。トイレの中で血まみれである。
慌てて救急車を呼ぶ母・弘子(香山美子)、駆けつける元妻・由紀。意識が戻った安行が吐きそうになると由紀がどこからともなくすっと差し出す洗面器。その洗面器を後ろ手に救急隊員を送り出す由紀。そして、救急車が出た後、子供たちに電話しながら夜道を帰る由紀の後ろ姿。
そう、このシーンはずっと由紀の後ろ姿。なんともうら淋しい画ではないか。その他にも焦点の合っていない点滴越しに映る安行のドアップ、川の岸辺の石に2人並んで腰掛けている安行と由紀の4本の足(安行の足は水底に届いているが由紀の足はやっと水面をかすめている)など、とても沁みてくる画がある。
やっぱり映画というものは画の動きが心に訴えかけてくる芸術なのだと思う。
そして、流し台の前でへたり込んで泣く由紀の後ろ姿の画を見ていて、急に31年前の東監督の作品『もう頬づえはつかない』のラストシーンが甦って来た。
何度倒れても血を吐いても酒がやめられない安行は結局病院に入院させられる。最初は精神科病棟、その後アルコール病棟。玄関は施錠されている。酒はもちろん飲めない。食事の内容は患者によってバラバラで、安行はいつまでたっても好物のカレーを食べさせてもらえない。余計に執着する安行。
患者の間ではいがみあいもあり、まれに殴り合いにもなる。それぞれの患者はそれぞれの問題を抱えている。そんな中でいつしか彼は院内の「食事係」になる。後には「自治会長」にもなる。
自分でも知らないうちに怒鳴ってる。記憶が飛ぶ。さまざまな病気を併発する。しかし、「家族」が面会に来てくれる。外出許可も出る。退院の目処も立つ。そして、唐突に「もう長くない」と言われる。
由紀は安行に面と向かって「なかなか死なないもんだね」と言う。安行は「死んだほうがいいか?」と訊き返す。由紀は「生きてるほうがいいよ。たとえどんなに悲惨な人生でも」と言う。
──ごめん、書きすぎたかもしれない。しかし、筋を知っていることが観る上でハンディキャップになるような映画ではない。
この映画は見ていると痛々しいのか愛おしいのか区別がつかなくなってくる。映画の中にも「悲しいのか嬉しいのか解らなくなってしまう」というような台詞があった。「同意したくない表現だ」と言われて「誰にも同意されたくないんです」と言う。
いろんな解釈ができるだろう。さまざまに評することができるだろう。しかし、言葉にしてしまうとどれもこれも軽くなってしまう気がする。
痛いくらいよく書けた脚本だと思った。脚本・編集も東陽一である。作中のイラストは西原理恵子本人が手がけている。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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