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Thursday, November 25, 2010

twitter と Facebook

【11月25日特記】 僕は今まであんまり使ってはいないと思うのだけれど、なんか、これからはソーシャルという言葉を使うのは注意しなきゃな、という雰囲気になってきた。

というのは、twitter と言えば一般的にはソーシャル・メディアの代名詞のように思われているが、実はそうではなくて、本当のソーシャル・メディアは Facebook だけだという意見があるからだ。

ここ何日間か、その用語をめぐってネット上でちょっとした論争が起きている。いろんなサイトへの書き込みやらいろんな人の呟きやらに分散して展開されているのだが、例えば下記の2つの記事がそうだ(ここに載せたのはごく一部の、しかも片側の主張だけだけれど、それ以外は申し訳ないけれど自分で検索して探してみてください)。

なんか、いろいろ読めば読むほど両陣営の議論が噛み合っていない気はする。

「“ソーシャル・メディア”はリアルの人間関係を置き換えたもの」と主張する人たちは、別に知らない人たちとのバーチャルの交流の場である“インターネット的なもの”を否定してはいないのだけれど、それに反対する人たち(ひょっとするとそれは佐々木さんひとりなのかもしれないが)は「ソーシャル・メディアをリアルの人間関係に矮小化するのは誤りで、リアルとバーチャルの境目が溶融してきているからこそ価値がある」と考えているみたい。

ね、なんか、分類/定義と価値論がちょっとごっちゃになってる気がしません?

で、僕はここでどちらかの意見に加担して何かを主張しようという気はなくて、何を言おうとしてたかと言うと、一連の論争を読んでいると確かに twitter と Facebook の違いが際立つなあ、ということである。

そして、加えて言えば、自分が好きなのはやっぱりバーチャルな、と言うかリアルを超えた、と言ってしまうとこれまた大げさなのだが、要するに直接会ったことのない人たちとの交流であって、だから Facebook にはあまり馴染めないのか、ということでもある。

ただ、とは言え、ブログとか twitter とかの“インターネット的なもの”であっても、決してリアルの知り合いを排除して成り立っている訳でもなく、逆に Facebook にしても構造上リアルに接点のない人たちとどんどん“友達”になることは可能だし、それどころか匿名登録さえ(規約では禁じられていても)できる。

さらに、バーチャルのつきあいが発展して「一度会いませんか」ということからリアルの知人に転ずるなんてことは僕自身がざらに経験していることなので、まあ、これ議論してどうするんだろ?という気もしないではない。

ただ、上に挙げた記事を読んで、僕自身は Facebook というものの成り立ちや理念について少し自分の理解が深まったような気はする。そうか、むしろ、こういうことをしっかりと意識した上で使って行ったほうが良いのかもしれない、という気がしてきた。

でなければ、twitter と並行して Facebook にも登録している意味がないんじゃないかな。この論争を読んだことが、そう、もう1回、(あまり面白いと思えなかった) Facebook にちゃんと取り組んでみようか、という再認識のきっかけになった。とても良かったと思う。

そして、もうひとつ思ったのは、僕が会ったことのない人たちとの交流を好むのは一見社交的(social)に見えて、実は Facebook 的な広がりの面白さを今イチ理解できないというのが社交的(social)ではない証拠なのかもしれない、ということだ。

ま、いろいろ、考えれば考えるほど面白い。

ところで、アメリカではあまり SNS とかソーシャル・ネットワーキング・サービスという用語を見かけないし耳にしないように思う。ほとんどが Social Networking または Social Network である。

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