映画『行きずりの街』
【11月23日特記】 映画『行きずりの街』を観てきた。
僕は大体監督で映画を選んでしまうことが多いのだが、今回の目当ては阪本順治監督ではなく脚本の丸山昇一である。映画館で見るのはいつ以来かなあと思って調べてみたら、なんと最後に観たのは1995年の『マークスの山』(崔洋一と共同脚本)であった。15年ぶり11本目の丸山作品である。
設定と言い展開と言い、なんとも言えず丸山昇一的な映画ではないか! そして、何と言っても台詞の一つひとつが、ほんの何気ない一言に至るまでものすごく練りこんで研ぎ澄まされた感がある。例えば主人公の波多野和郎(仲村トオル)が月を見て「違うな」と言うような、意外な反応が返って来て見ていてギクッとした箇所がいくつもあった。
これは原作にあったのかどうかは知らないが、雅子(小西真奈美)の母・映子(江波杏子)が波多野に面と向かって評して言った「無駄口は叩かないけど、唐変木なのよね」という台詞なども非常に深いものだ。
真面目で浮ついたところがないのだが、しかし、要するに独りよがりで格好つけすぎているのである。こういう人っているではないか(あるいは、自分の中にも)。実際に生きている人間って、往々にしてこういう風に、できている所と全然ダメな所が混在しているものである。そして、そういう風にアンバランスに不完全な人間を描くのって大変難しいのではないだろうか。
それを丸山脚本は見事にやってのけていると思うのである。ちなみに、丸山は監督の阪本より10年年長だが、カメラマンはその丸山よりさらに10年上の仙元誠三という大ベテランが担当している。
ま、しかし、大方の客は僕のように丸山昇一や仙元誠三や阪本順治を目当てで来ているのではなく、仲村トオルや小西真奈美のファンであるか、あるいは原作小説の読者だったのだろうと思う。
一部のものを除いてミステリというものをほとんど読まない僕は全然知らなかったのだが、これは志水辰夫という作家(僕の知識はその程度である)が1992年の「このミステリーがすごい!」第1位と第9回日本冒険小説協会大賞を受賞した名作なのだそうだ。
ただ、映画はミステリというよりもメロドラマの様相が強い。特に前半は。──いや、と言うよりも、ミステリを抱えたまま引っ張るという、如何にも丸山昇一が得意そうな脚本になっているのである。
ともかく見始めて暫くは謎だらけである。
丹波篠山で塾の講師をしている波多野の元生徒・ゆかり(南沢奈央)が東京の専門学校に行ったっきり連絡が取れない。ゆかりの祖母が危篤状態に陥っているということもあって、波多野が3日の休みをとって東京に捜しに行くことになる。
ゆかりは角田という男(うじきつよし)に囲われていたらしいことが判るが、マンションはもぬけの殻で杳として行方が知れない。加えて波多野はかつて東京にいたことがあるらしく、ゆかりの跡を追ううちにいろんな人間と遭遇する。
例えば街中でいきなり波多野を呼び止めた謎の男・中込(窪塚洋介)。そして、中込の2人の部下に追い掛け回される羽目に。その後、名門高校の理事・池辺(石橋蓮司)とその運転手・大森(菅田俊)。大森にはボコボコに殴られる。そして、かつての妻・雅子。
前半は展開は速いが種明かしはかなりゆっくりのまま進んで行く。そして、見ていてどうしても腑に落ちないのは、どうしてこの教師がここまで真剣に単なる塾の元生徒を探しているのか、ということである。それはこの映画の中でもゆかりの友人である江理(谷村美月)の台詞として語られている。
で、そのことが最後まで観たときに納得が行くかどうかがこの映画の評価の分かれ目になるのではないかと思う。
僕はラストシーンに至って「ああ、結局そういうことなのか」となんとなく合点が行った。もっと複雑な秘密があるのかと思ったらそうではなかったのである。そして、この辺が丸山昇一の上手さなのではないかなあと思うのである(実は原作の巧さなのかもしれないが)。
とにかく、主役がこれほどボコボコにやられてしまう映画も珍しい。特に一方的に殴られ蹴られるのが元々アクション・スターとして売り出した仲村トオルであるところが面白い。しかし、また、逆に言うと、暴行を受けてもこれほどタフな塾講師というのも見たことがない(笑)
ストーリー展開としては、人と人とがあっちでもこっちでも繋がって行くところが如何にも作り物っぽいのだが、これが単なるアクションものやミステリではなく、波多野と雅子の男と女の物語が絡んでいるからこそ、それが効いて、結構重層的で面白い形になっている。
雅子のマンションでの2人のやり取りからラブ・シーンに繋がるところは、台詞も、役者の動きも、カメラワークも非常に力強く、鬼気迫る見せ場になっていた。小西真奈美はとても良い役者になったとつくづく思った。
加えて、窪塚洋介の存在感溢れる怪演が強烈に印象に残った。他にもARATAや佐藤江梨子、杉本哲太など良い役者が揃い、とてもこってりとした見応えのある作品だったと思う。
しかし、男性にはあまり受けないかなあ。このメロドラマ部分が反感を買うのではないだろうか。読んでもないのにこんなこと言うのもなんだが、多分原作はここまでどろっとした男と女の話になっていないのではないだろうか。
しかし、終盤見事にミステリ&アクションという展開になってくる辺りでは逆に女性客が逃げるのかも。
どうなんだろ? 僕はこういうミックス具合が結構気に入ったのだけれど…。
他の人の感想も聞いてみたいものである。
阪本順治という監督は妙に社会的なネタよりもこういう男と女の話を撮らせたほうが巧いと思うのだが…。『魂萌え』がその最たるものではないだろうか。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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