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Wednesday, November 17, 2010

2つの Apple と忘れられない一日、忘れられない夢

【11月17日特記】 昨日、Apple が iTunes に「明日、いつもと同じ一日が、忘れられない一日になります(Tomorrow is just another day. That you'll never forget.)」とのティーザ広告を出し、いろんな憶測が流れた。例えば iTunes のクラウド化というのも有力説のひとつだった。

やがて WSJ がそれはビートルズの楽曲の iTunes での販売開始であると抜いたのだが、しかし、皆がそれを信じた訳でもなかった。

たまたま更新の時間が日本では11/17の 0:00 になったので、多くの人が iTunes の画面を見つめながら日付が変わるのを待った。僕もそのひとりだ。

そして、果たして日付が変わる 10分前には iTunes の画面にビートルズのたくさんのアルバム・ジャケットが現れた。やっぱりそうか、という感じ。

面白かったのは(という表現が適切かどうかは分からない。「びっくりしたのは」と書くべきかもしれないが)、その後 twitter を中心としてネット上に落胆のメッセージが溢れたことだ。曰く、

  • 自分には関係ない。
  • そりゃ Apple にとっては忘れられない一日になったかもしれんが…。
  • ビートルズはどうでも良いから、ジャニーズの楽曲を販売してほしい。
  • これが SONY の全楽曲販売だったら驚くけど…。
  • ずうとるびの楽曲販売のほうがまだ話題性があるw
  • 「忘れられない一日」っていうコピーがひどい。Apple でさえ間違うんだから、マーケティングというものが如何に難しいか…。
  • ビートルズの販売だけで「忘れられない一日」なんて言うはずがない。他にも何かあるよね?

ビートルズの楽曲は決して廃盤になっていた訳ではない。確かにダウンロード販売は初めてかもしれないが、CD を買ったりレンタルしたりして聴いたりリッピングしたりすることはできた。それを考えるとインパクトは弱い。

もちろん、Apple社は当初からビートルズが iTunes のキラー・コンテンツになるだろうと踏んでいたようで、また、Apple社がビートルズのレコード・レーベル(及び管理会社)と同じ名前であったために商標権でもめたといういきさつもあり、それだけに彼らにとってビートルズ楽曲の獲得が積年の夢であったということは想像に難くない。

ただ、僕はこれは誰かが言ったような「Apple にとっては忘れられない一日かもしれないが、ユーザにとってはどうでも良いこと」という捉え方が必ずしも正鵠を射たものとは思わない。

Apple 社内でも恐らく若い社員を中心に「ビートルズなんて別に」とか「ビートルズがそんなに?」などと言う向きもあったのではないだろうか。

これは恐らく世代の問題なのである。1955年生まれのスティーブ・ジョブズはまさにビートルズ世代の下限ではないだろうか?(実際ジョブズは知る人ぞ知るビートルズの大ファンらしい)

マーケティングの世界では「時代・年代・世代」が区別される。

「1980年代後半の所謂バブル期には…」などというのが時代の特徴であり、「10代はファッションに敏感」とか「年寄りは演歌が好きだ」みたいなのが年代の特徴であり、「団塊の世代」とか「団塊ジュニア」などと生まれた年を基準にしてひと括りにしたのが世代の特徴である。

時代が変わるとともに時代の特徴はかき消されて書き換えられて行く。また、人は年を取るとともに今の年代の特徴から抜け出て次の年代の特徴を身に纏う。それに対して世代というものは明らかに連続的なものであって、それ故に持続性の強いものである。

60年代にビートルズを経験した世代にとっては、ビートルズはいつまでも特別なもの、いくつになっても忘れられない存在なのではないだろうか? そして、それは当時まだ生まれてもいなくて、あの時代を経験していないビートルズ解散後の世代にとってはとても理解も想像もできないものだろう。

僕(の世代)でさえ、ビートルズを聴き始めたのは解散後である。じゃあ、それまでは知らなかったのかというとそうではない。ちゃんと知っていた。ただし、音楽としてではなく社会現象として。

社会現象と言うのは、音楽の好みに拘らず、音楽に全く興味のない人まで含めて、老若男女が知っていたということである。

僕の場合はそれでも、若い時代に割合深くビートルズを聴いた経験があるので、彼らに対するリスペクトはある。ただ、そのオンライン販売開始を特別なものと感じるほどの思い入れはない。

ちょうど美空ひばりや石原裕次郎が亡くなったときに上の世代がなんでそんなに打ちひしがれているかが全く理解できなかったのを思い出した。僕の場合、ビートルズに対してはそこまでの隔たりはない。ただ、同時代的な思い入れもない。だから今回の Apple の発表を割と冷静に、フラットに受け止めた。

1940年代はフランク・シナトラ、50年代はエルビス・プレスリー、60年代はビートルズと言われた。

漸く僕が音楽を聴き始めた(「ミュージック・シーンに登場」した)1970年代にも、僕らは同じようなスーパースターが現れるものと思っていた。それは誰になるのか、ひょっとして僕が好きだった T.Rex がその地位まで登りつめるのか、と密かに期待した。

しかし、70年代以降そういう「国民的な」存在はついぞ現れなかった。社会現象は起こらなかった。強いて言えば70年代の末から80年代前半にかけてのマイケル・ジャクソンがそれに近い最後の存在ではないか。

ビートルズというのはそういう風に位置づけられる、「世代的」な、いや時代と年代と世代を串刺しにした特殊な存在の最後だったのである。

それを僕らの兄や姉の世代が「忘れられない一日」と言うのを、少し大目に見てやっても良いのではないだろうか。

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