『これからの「正義」の話をしよう』マイケル・サンデル(書評)
【10月13日特記】 NHKの『ハーバード白熱教室』という番組でご覧になった方も多いだろう。そう、あの先生の、あの授業の本である。
もちろん、巻末の「謝辞」で著者も触れているように、本を書くのと講義をするのは同じではない。本にするためにまとめなおした点は多々あるに相違ない。とは言え、あの番組で見られた白熱はそのままこの本の中にあるのである。
しかし、その前に私が感心したのは、何を措いてもこのサンデル教授の一糸乱れぬ論理性である。
徹底的に冷静で、可能な限り網羅的で、一貫性は揺ぎない。書かれている内容の当否を云々する前に、読者が学ぶべきはまずこの論理的思考力なのではないかと思った。
決して相手の発言を遮るような論の進め方はしない。感情に駆り立てられて結論を急ぐ様子もない。一つひとつ物事の問題点を洗い出し、整合性と論理性を繋ぎ合せ、充分に遠回りした上で暫定の結論を据え、そこから更なる高みに我々を導いてくれるのである。
そして、TVをご覧になった方なら本を読まなくても解ってくれるだろう、こうやって冷静に議論することが何と愉しいことか!
我々がまず学ぶべきことは、この論理性と、議論することの楽しさである。日本人はそこから何と遠いところにいるのだろう!
「正義とは何か」そして「正義とは何であるべきなのか」──サンデル教授はそのことを歴史を追って、論理の道筋に従いながらゆっくりゆっくり明らかにして行く。
まずは正義とは最大多数の最大幸福を実現するためのものであるという功利主義的な考え方である。しかし、そこには何が「幸福」なのかという非常に難しい問題が放置される。
それに対抗して、何が幸福なのかはそれぞれの人が決めることであって、正義とはその自由を保証することであるという自由主義的な考え方が出てくる。しかし、それは皆がてんでばらばらに好きなことを追求する無政府状態でもある。
この2つの考え方の欠陥を正すために、サンデル教授は、正義とは美徳を涵養して共通善というものを成立させることを含むのであると解く。その結論に到るまでの道筋は非常に長いが、読んでいてとてもスリリングであり説得力に富んでいる。
しかし、多分私が求められていることは、教授の論に容易に納得することではないのだと思う。これを読んで、ここから考え始めることであり、生活の中で不断に考え続けることなのだと思う。350ページの大著はそのためのほんの入口でしかないのである。
最初のページに出てくる、ハリケーン災害直後の水の便乗値上げの例から、いきなり我々は引き込まれてしまう。読み始めたら止まらない。さあ、これから一緒に考えて行こうではないか。
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