映画『乱暴と待機』
【10月11日特記】 映画『乱暴と待機』を観てきた。
冒頭は幌付きトラックの荷台の奥から撮った構図。カメラのフレームの中にさらにトラックの荷台のフレームがある。そして、下の方から覗く男女の足が2本ずつ。2人が荷台に寝っ転がっているのが分かる。
やがて、荷台のフレームからずんずん遠ざかっていた景色が、今度は逆にゆっくりと荷台に近づいてくる。トラックが目的地に着いて、荷物を降ろしやすいようにバックで細い道を入ってきたのである。そう、これは1組のカップルの引越しなのだ。
土の道の両側に小汚い木造平屋建てが3軒ずつ、かな。その一番奥がこの2人、番上貴男・あずさ夫婦(山田孝之・小池栄子)の新居である。妻は身重である。
一番手前、この路地の入り口には「自衛官募集」の立て看板がある。
──ここまでのカメラワーク、そして展開ですでにわくわくするものがある。なんか期待感がある。これでこそ映画だな、と思う。
監督は冨永昌敬。前にも書いたが、『パビリオン山椒魚』の時には少し荒唐無稽な感じがして、と言うか、なんか三木聡監督に近いものを感じて見なかったのである。ところが『パンドラの匣』で参ったという感じになった。次の作品も絶対見ようと思っていた。それがこの『乱暴と待機』である。
今回も富永監督が脚本と編集も兼ねている。余談だが、パンフによると、この映画は予算削減のためにスクリプターを雇っておらず、監督が自らその場で仮編して繋がり具合を確認するというシステムを採ったとのこと。こういう話は驚きである。
原作は本谷有希子。鶴屋南北戯曲賞・岸田国士戯曲賞の受賞者で、芥川賞候補にもなった。この人の芝居は見たことがなくて一度舞台を見てみたいと思っているのだが、僕が唯一知っているのは映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』である。
あの映画評に、当時僕はこんなことを書いている。
でも、この澄伽に対してどういう感情を抱くかは観客によって相当な隔たりが出てくるのではないかなと思う。
一見無茶苦茶なように見えて、でも不思議に共感を覚えてしまうという人もいれば、共感を抱くようなことはないが、嫌悪感を覚えながらもその強烈な個性にどことなく魅かれてしまうという人もいるだろう。僕の場合はそのどちらでもなく、ただ撲殺してやりたいと思うだけだ。
にも拘わらず、この映画が何故僕のような人間にとっても面白いのか?──それはやっぱりホンの力だと思う。本谷有希子の原作の力なのか、脚本も担当した吉田大八監督の力なのか?──恐らくその両方だろう。
まさに研ぎ澄まされた観察眼によって構成された諸人物像。これが観客の心の中の暗黒の部分にズバッと斬り込んで来る。剥き出しの粘膜に触れてくる感じがある。毒素の強い物語である。
今回も同じである。映画は笑って見ていられるのに、なんだがわからない深くて痛いところをつつかれる感じがするのである。
番上夫妻の家は一番奥の左側だが、一番手前の右側に緒川奈々瀬(美波)という女性が住んでいる。
貴男が引越の挨拶に行くと読経の最中で、呼びかけたらびくっとして、なんとも挙動不審な態度。そう今の言葉で言うキョドッてるというやつだ。そして、ちょっと話をしただけで判る超めんどくさい女。周囲の眼を気にして、嫌われるのが怖くて、それが高じてとんでもない奇行になる。
奈々瀬は兄の英則(浅野忠信)と一緒に住んでいるが、今はマラソンに行っていると言う。
翌日、あずさも奈々瀬と顔を合わせる。あずさがすぐに気がつく。実は彼女は高校時代の同級生だった。
あずさは奈々瀬に対して異様なほどの嫌悪感をあらわにする。高校時代に何があったのかはすぐには語られない。が、奈々瀬の家にいきなり履いていたサンダルを脱いで投げつけてガラスを割るなど尋常ではない。それに反発するでもなく、ただ下手に出るだけの奈々瀬も尋常ではない。
そして、あずさは奈々瀬に兄なんかいないことを知っている。いい年をした大人の男女が一つ屋根の下で肉体関係もなく、互いに「お兄ちゃん」「奈々瀬」と呼び合って2段ベッドで寝ているのも尋常ではない。
さらに、英則がマラソンに行くというのは嘘で、実は天井裏に上って隙間から奈々瀬を観察していたのである。
この尋常ではない関係の、一人ひとりを見ても尋常ではないキャラが、次々と尋常ではない行動を起こす。結構筋が命なので、これ以上は具体的に書かないことにするが…。
僕は劇中の人物に対して今回もあまり共感は湧かない。むしろ反発を覚える。そして、前と同じだく、なんか剥き出しの粘膜に触れられる気がするのである。
反発を覚える中で、唯一貴男が奈々瀬に魅かれるのは解る。美波がものすごくエロティックだから。この人はいつの間に出てきたんだろう? とても良い役者だと思う。
そして、2008年の『接吻』で主役を張って以来、『パコと魔法の絵本』、『20世紀少年ん』、『わたし出すわ』、『人間失格』、『パーマネント野ばら』と1作ごとに進境著しい小池栄子。相次ぐ映画出演で役の幅がどんどん広がる山田孝之。そして、いつもの怪優・浅野忠信(笑)
原作と演出と役者に恵まれて、これはまたしても尋常でない映画になった。さらに言うなら、大谷能生の音楽、特に大谷能生と相対性理論による主題歌がこれまた素晴らしい。
「今年一番の問題作」くらいの表現がぴったりの映画ではなかろうか。流れているテーマはとてつもなく深い。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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