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Thursday, September 16, 2010

優秀なヘルプデスク

【9月16日特記】 今、妻の新しい方の PC からメール・サーバに接続できなくなっていて、プロバイダのヘルプデスクとやり取りしている(同じアカウントなのに他の PC からだったり Web メールの POP 受信からだと繋がるという不思議な現象である)。

この会社とはもう長らくのつきあいだが、ここのヘルプデスクはかなり優秀であると思う。

どこが優秀かと言えば、ま、基本的には、対応が迅速かつ真面目で、知識や経験が豊富で指示も適切、といったことになるのだろうが、僕がペルプデスクとして最優先の、とまでは言わないが、かなり重要な資質だと思っているのは、相談してきた人間の知識レベルを瞬時に適切に把握する能力である。

訳の分からないことをペラペラと指示されてもついて行けないし、逆に分かりきったことをダラダラ説明されても嫌になってしまう。最近ではさすがに前者のようなことは少なくなり、もっぱら後者の、「そんなこと判ってるわい」という思いをすることが多いのだが、まあ、どっちもイライラさせられる点は同じだ。

初めてヘルプデスクなるものに電話をしたのは、人生で初めて PC というもの(Windows3.1 だった)を購入して1ヶ月経っていない頃だった。

電話をして症状を告げると、電話の向こうのお姉ちゃんはいきなりこう言った。

「はい、では、チェックディスクを実施してください。コマンド名は chkdsk です」

僕は PC を買って必死で勉強していた頃だったので辛うじて理解できて、奇跡的に言われた通りのことができたのだが、まあ一般的には買って1ヶ月以内なら dos 窓の開き方さえ知らなくても不思議ではない時期である。

ああ、ヘルプデスクってこういう言い方する人もいるのか、とちょっとショックを受けた記憶がある。

その逆の例としては、いきなり PC が立ち上がらなくなり、メーカーのヘルプデスクに電話したら、電話の向こうのおっちゃんにこう言われたことがある。

「あのう、ひょっとしてですねえ、キーボードの上に定規か何かが載っていて、それが F5 とか F8 とかのキーを押さえてたりしませんか?」

僕は「あのねえ」という台詞を飲み込んでから、「いえ、定規も載ってませんし、BIOS の設定画面も出ていません」と言った。ま、これは相手のレベルを読むというよりも、発想自体がとんちんかんだと言うべきなのかもしれないが。

なので、僕は電話をするにしてもメールで問い合わせるにしても、どういう環境でどういう症状が出ていて、原因を切り分けたり状況を改善するためにどんな作業をしたかをできるだけ事細かく伝えて、そのことによってこちらがどの程度までは解っているのかを察してもらった上で答えてもらおうと常に心がけている。

そして、このヘルプデスクは(と言ってもひとりではなく、何人かいるので、その全員がということになるが)その辺りの把握がとても早く適切であり、従って無駄な指示がないのである。「僕がこう言ってるんだから、そんなことは当然でしょ!」みたいに反論したくなることはないのである。

おまけに、彼らは一様に大変親切で、自分たちの責任範囲のことだけではなく、Windows一般やアプリのことなども自分たちの知っている限り、いや時には調べてまで教えてくれたりするのである。

ウチは所謂「インターネット・マンション」の走りで、マンションを建てる段階からプロバイダが入り込んで一体運用しているのである。そういう一蓮托生の関係であるので、そんな優秀で気持ちの良いヘルプデスクがいてくれて本当に良かったと心から思うのである。

ただ、今回の不具合は全く原因が判らず、容易に解決しそうな気配がない。まあ、でも、彼らのアドバイスに従って心静かに進めて行けそうな気はする。それはとても大きなメリットである。

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